6歳未満小児からの臓器移植
   先日、6歳未満の脳死となった小児からの臓器移植が行われた。2年前の臓器移植法改正で15歳未満のドナーからの臓器提供が可能となった。それまで本人の生前の書面での意思表示が必須であったが、改正後は意思不明の時は家族の承諾で可能となり、これが小児にも適応され、既に昨年には10歳以上ではあるが15歳未満の子供さんから脳死での臓器提供が実現している。この時も心臓移植が大阪大学で行われたが、レシピエントは10歳代であった。ただ、旧法律制定後の早期にも8歳の子供さんへの心臓移植は行われている。阪大病院で当時担当したが、成人の方からの提供で、推奨されている体重比は何とかクリアーしていたが、やはり大きな心臓を小さな子供さんの胸に収めるので苦労があった。今回は、体格の似かよった子供さんからの提供であり、無理のない移植手術が可能であったと思われる。
   改正法成立とともに、18歳未満の提供者からは心臓移植の場合、待機者の候補の中から18歳未満(登録時)の方に優先される。単純に待機期間の長さで優先順位が決まると、せっかくの子供さんからの臓器が体格の小さな大人の方に移植されることになり、小児の脳死からの臓器移植を推進するうえで問題となることと、移植成績からみた医学的理由もあってこれが運用されている。実際、昨年の15歳未満の提供の最初の例と同様にその後15歳以上18歳未満の方から10歳代の子供さんへの心臓移植も行われている。
   今回は6歳未満ということでマスコミが大きく取り上げている。その理由は、これまで例えば心臓移植では受ける側は10歳以上の患者さんに限られていたが、やっと本当に小さな子供さんへの移植が出来るようになったことが大きいと考えられる。とはいえ、6歳未満というのは小児での脳死の考え方や脳死判定上出てきている重要なラインである。現在、小児の脳死判定は成人よりもさらに厳密に慎重に行うということで決められている。赤ちゃんはどうかというと、判定できる下限は12週齢(約3か月)である。一方、脳死判定は成人では6時間以上空けて二回目を行って最終判断とするが、6歳未満についてはこれが24時間以上とされている。小児の臓器は回復力が大きいということから、少なくとも24時間は空けるようになっている。法的なことで追加すると、18歳未満でも臓器提供をしないという何らかの意思表示は有効であること、虐待が無かったことを院内の専門委員会で検証すること、がある。このように、脳死判定基準が厳格になっている年齢層でこれまで法的脳死判定は行われていなかったという背景がある。子供を育ててきた家族が大変厳しい状況で脳死をどう判断できるのか、日本では無理ではないか、小児救急医療が未整備だし脳死判定できるスタッフや設備少ないのでは、といったことが聞かれていた。
   さて、この6歳未満ということは医学や法律的なことも大事であるが、もっと重要なのは小さな子供さんの死について、親御さんや家族の方が苦しい決断をするということである。家族が提供の決断をする、いやそれ以前に、脳死になるかもしれない、あるいは脳死状態になった、という医師からの告知をどう受け止め、さらに移植コーディネーターの話を聞こうとどう判断したのか。そして、最終的に臓器提供を決断したことに無理がなかったか、周りから誘導や強要が無かったか、など移植コーディネーターや日本臓器移植ネットワークが内部できちんと検証しておくことが大事である。
   先の18歳未満で家族の承諾で提供となった最初の例で紹介したが、生前本人はどう思っていたかとか、何か書面はなかったか、何か言動にそういうものが無かった、など執拗なマスコミの質問が記者会見であり、遺族にもそういう質問があったようである。自分たちが家族として決めたのだから、そのプライベートな内部には入ってこないでくれ、なぜそこまで言はないといけないのか、と訴えておられた。今回はどうか。日本臓器移植ネットワークは慎重にかつ的確に対応していた。遺族のメッセージもそのまま紹介されたが、素晴らしい内容であったと思う。もうこれ以上聞かなくても十分な内容であり、最後の「そっと見守って下さい」、が全てであると思った。医学的・法的検証は制度上しなければならないし、その仕組みは機能している。メンタルな所は外から踏み込むものではないと思う。
   翌日、あるマスコミから電話でインタビューがあった。コーディネーターの関わりについての質問で、コーディネーターが重要な役割を果たすことが社会的に理解されてきたのかと思った。一方ではコーディネーターの説明次第で家族の意思が左右されるのでは、という部分に関心があったようである。新聞記事ではベテランコーディネーター2名が担当した、とある。確かにベテランでないと、小児というデリケートな分野では難しいであろう。経験がないといけないし、また踏み込んではいけないところをしっかり守らないといけないし、役割は重要である。そこで伝えたのは、コーディネーターは家族の判断する上で説得やそれに準じた話し方は決してしないことが大原則であると。あくまで医学的、法律的なことを背景に、臓器提供の仕組み、意思の示し方、脳死判定やその後の提供の進め方、いつ家に連れて帰れるか、その後のフォロー、移植を受けた方の情報提供、などである。苦しい決断をしなければならないということではなく、そういう選択肢がありますよ、という話であって、あくまで主役は家族であり、愛する子供さんである。無理な決断は後で後悔する原因になる。
   このような家族の決断は、苦渋の選択というのは外の考えであり、家族は納得の上で社会に何か貢献が出来た、という前向きの決断であることを社会は理解しないといけないのでは。一般にはそう思われても、マスコミはその部分での検証がいるという一部の識者の意見を引き合いに出してくる。社会が検証という言葉で対応する相手は、家族の心ではない。家族(遺族)へのこれからのケア(グリーフケア)が大事ではあるが、そっとして置くのも大事なケアかも知れない。
心臓も他の臓器も移植手術が全て成功したというニュースを見て、我が国の臓器移植にとって法律が変わっただけでなく、実質的に新しい時代に入ったなと、しみじみ感じている。ご遺族の勇気ある決断に敬服し、子供さんのご冥福を心からお祈りいたします。
   最後に、富山大学付属病院は、脳死判定で外部からも専門家を入れ、それこそ一転の曇りもなく6歳未満という難しい本邦最初の臓器提供を実現されたことに敬意を表します。関係者の皆様、ご苦労様でした。

| ポーアイ便り::医療問題 | 11:00 | comments (x) | trackback (x) |

  
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