2012,02,05, Sunday
今朝の読売新聞のルポ2012で准看護師についての記事があった。経済不況、就職難のなかで、看護師よりも短期間で資格が取りやすい准看護を目指す人が増えている、という内容である。看護師には正看護師と准看護師の2つの資格があり、前者は国家資格、後者は都道府県知事認可である。正看護師は高卒以上で3年の養成校か4年の大学で決められた教育と実習を終え国家試験を合格しると資格がもらえる。准看護師は高校の衛生看護科や医師会などの運営する准看護師養成校での教育後、都道府県の知事の実施する試験の受験資格が得られる。日本の看護師就業者数は87.7万人で准看護師は37.7万人である。約120万人の看護師の中で30%を占めている。大学病院や大病院では准看護師は現在ではかなり減っているが、小規模の病院や診療所でその役割は残されている。
新聞によると、准看護師養成施設は減少してきたが、現在でも250ほどあり、ほとんどは地区医師会が開いてものである。その受け入れ枠は約1万人であり、応募者は定員枠のせいぜい1.5 倍か2倍で、かつ減少傾向にあったのが、リーマンショック以来増加し、現在はかってない3倍以上(3.1倍)の狭き門になっているという。40代、大卒、シングルマザー、で志望増、という見出しが出ている。准看護師は給与面で正看護師と差があるが、他の職種と比べるとそう悪くはない、という状況も後押ししているのでは。また、将来の看護師に道もある。これまで、准看護師については安い労働力とか、イメージ的にも看護師の影に隠れて表に出にくい状況であったが、不況に加えて医療や福祉への社会の関心が高くなり、またその分野で働きたい、という人が多くなっていると想像する。
我が国の看護師の総元締めをしている日本看護協会は、かねてから准看護師制度を廃止して看護師に一本化すべきと主張している。それは、看護師の仕事が医療の進歩と共に高度化し、幅広い知識と技術が求められ、看護師の全体のレベルアップが必要である、という考えである。一方は国家資格、他方は都道府県知事認可でありながら、通常の業務では同じ扱いである、ということは確かに制度上無理がある。一方で日本医師会は存続の意見を出していて、准看護師養成校を地区医師会で維持している。その背景には、長年にわたる看護師不足があり、医師会に所属する多くの開業医にとっては、診療所や小規模の診療施設での日常の診療では准看護師の役割が大きいからである。
看護師不足は深刻である。高齢者がどんどん増え、在宅管理が増え、急性期病院が集約化の方向にある中で、看護が1つの看護師資格だけでいいのかはこの際議論していいと思う。高齢化社会での医療従事者をどう確保するか、ということでもある。看護師数を次の10年で今の2―3割は増やないといけないと仮定すると、現在の准看護師の数も考えて、全て正看護師に変えて行くには養成機関が付いて行かないであろう。現在の看護専門学校(高卒後の3年制)を4年制大学へのシフトする傾向もある。しかし、大学はそう簡単に開けないし、お上のお墨付きをもらうには専任教員や実習施設の確保など、大変である。国公立だけでは出来ないので、私学の役割も増えるであろうが、授業料を払う側を考えると私学では学生確保も厳しくなる。看護師養成機関への社会的資源(お金と人)の投資は増える一方であり、教える側の人材も不足する。質の担保も大事である。医師不足が盛んに言われても、医学部増設はそう簡単ではない、と相通じるところもある。
米国の看護師についてみてみると、正看護師(登録看護師、Registered Nurse, RN)以外に准看護師制度が長年にわたり定着している。正看護師の先には、大学院を出たマスター資格(MSN, Master of Science in Nursing )があり、高度実践看護師としてその中に専門看護師やNPが含まれている。一方、日本の准看護師に相当するLPN(Licensed Practical Nurse、実務看護師?)という制度もある。この制度は州ごとに決められているようであるが、全米では2008年で75万人が働いているという。その教育課程は我が国の准看護師の要件よりかなり高いものと思われるが、しっかり社会的に受け入れられている。LPNでは25%が病院で働いているが、正看護師のそれは60%であり、その性格の違いが分かる。因みに米国の正看護師は2008年で260万人である。
日本でも准看護師制度は残すべきと言うつもりはないが、その役割について今一度しっかり考える必要があるのではないか、ということである。保健制度が根本的に違っている米国の医療制度を日本がまねることには問題が多いことから、そのまま是とするものではない。しかし、医療がますます多様性を強め、高齢者が増えるなかで、医療従事者不足は深刻である。医療現場では、数からしても日常の診療活動においても、看護師は最も大きな役割をはたしている。看護師さん抜きでは医師は何もできない。そういう背景を考えると、看護師職にも多様性が必要ではないかと思う。その流れをキャリアーアップで言うと専門看護師でありNPであろう。米国はそこを長年の努力で培ってきたと思う。一方、准看護師は看護という仕事を安い労働対価で行うから、また十分な知識と技術を持っていないのに看護師と同じ仕事をしている、という看護という仕事への社会的評価と質の担保の両面で問題がある。ここで、一般の方々は何かおかしいと思われるはずである。准看護師さんがやっていることは医師の直接の監督のもとであり、あまり危険もなく、患者さんには有難いし、医療現場での実績もあるとすると、正看護師さんはもっと別の専門分野とか高いレベルだけしたらいい、仕事を分けたらいいのでは、という疑問である。これが出来れば今頃こんな議論は出てこないのだかが、多くの医療現現場では正看護師しかいないし、改めて准看護師を採用する考えはない。医療レベルが上がり、質の担保が求められる中で、准看護師はどこに行ったらいいのか?既に長らく議論されているが、一つの考える仕組みは、医療の場での区別、ということではないか。特定機能病院と地域の総合病院、あるいは僻地の診療所や介護施設など、働く場所はものすごく多様で多彩である。そこと医療従事者の資格とのギャップが問題ではないか。看護師制度だけでなく医師の制度(専門医制度)にも同じことが言える。
准看護師のことを話題にすると、少なくとも擁護的に話すと、看護系大学のお歴々からは白い目で見られる。看護(師)の質をどう上げるのかという話では共通するのだが、本音と建て前、といったことでの意見の相違かもしれない。またこの話題は、特定看護師での議論にも通じと思って書いている。今回のブログは、読売新聞に挑発された格好となったが、問題点の整理をしながら批判覚悟で予て思っていることを書かせてもらった。我が国の医療従事者の人口当たりの数は国際的に見ても少ない(OECD調査)ことを社会が認識すべき、ということで締めさせてもらうが、大分長くなってしまいしました。最後に、現在多くの現場で働いている准看護師の方々が不快に思われる節があれば、本意ではないのでお許し願いたい。
新聞によると、准看護師養成施設は減少してきたが、現在でも250ほどあり、ほとんどは地区医師会が開いてものである。その受け入れ枠は約1万人であり、応募者は定員枠のせいぜい1.5 倍か2倍で、かつ減少傾向にあったのが、リーマンショック以来増加し、現在はかってない3倍以上(3.1倍)の狭き門になっているという。40代、大卒、シングルマザー、で志望増、という見出しが出ている。准看護師は給与面で正看護師と差があるが、他の職種と比べるとそう悪くはない、という状況も後押ししているのでは。また、将来の看護師に道もある。これまで、准看護師については安い労働力とか、イメージ的にも看護師の影に隠れて表に出にくい状況であったが、不況に加えて医療や福祉への社会の関心が高くなり、またその分野で働きたい、という人が多くなっていると想像する。
我が国の看護師の総元締めをしている日本看護協会は、かねてから准看護師制度を廃止して看護師に一本化すべきと主張している。それは、看護師の仕事が医療の進歩と共に高度化し、幅広い知識と技術が求められ、看護師の全体のレベルアップが必要である、という考えである。一方は国家資格、他方は都道府県知事認可でありながら、通常の業務では同じ扱いである、ということは確かに制度上無理がある。一方で日本医師会は存続の意見を出していて、准看護師養成校を地区医師会で維持している。その背景には、長年にわたる看護師不足があり、医師会に所属する多くの開業医にとっては、診療所や小規模の診療施設での日常の診療では准看護師の役割が大きいからである。
看護師不足は深刻である。高齢者がどんどん増え、在宅管理が増え、急性期病院が集約化の方向にある中で、看護が1つの看護師資格だけでいいのかはこの際議論していいと思う。高齢化社会での医療従事者をどう確保するか、ということでもある。看護師数を次の10年で今の2―3割は増やないといけないと仮定すると、現在の准看護師の数も考えて、全て正看護師に変えて行くには養成機関が付いて行かないであろう。現在の看護専門学校(高卒後の3年制)を4年制大学へのシフトする傾向もある。しかし、大学はそう簡単に開けないし、お上のお墨付きをもらうには専任教員や実習施設の確保など、大変である。国公立だけでは出来ないので、私学の役割も増えるであろうが、授業料を払う側を考えると私学では学生確保も厳しくなる。看護師養成機関への社会的資源(お金と人)の投資は増える一方であり、教える側の人材も不足する。質の担保も大事である。医師不足が盛んに言われても、医学部増設はそう簡単ではない、と相通じるところもある。
米国の看護師についてみてみると、正看護師(登録看護師、Registered Nurse, RN)以外に准看護師制度が長年にわたり定着している。正看護師の先には、大学院を出たマスター資格(MSN, Master of Science in Nursing )があり、高度実践看護師としてその中に専門看護師やNPが含まれている。一方、日本の准看護師に相当するLPN(Licensed Practical Nurse、実務看護師?)という制度もある。この制度は州ごとに決められているようであるが、全米では2008年で75万人が働いているという。その教育課程は我が国の准看護師の要件よりかなり高いものと思われるが、しっかり社会的に受け入れられている。LPNでは25%が病院で働いているが、正看護師のそれは60%であり、その性格の違いが分かる。因みに米国の正看護師は2008年で260万人である。
日本でも准看護師制度は残すべきと言うつもりはないが、その役割について今一度しっかり考える必要があるのではないか、ということである。保健制度が根本的に違っている米国の医療制度を日本がまねることには問題が多いことから、そのまま是とするものではない。しかし、医療がますます多様性を強め、高齢者が増えるなかで、医療従事者不足は深刻である。医療現場では、数からしても日常の診療活動においても、看護師は最も大きな役割をはたしている。看護師さん抜きでは医師は何もできない。そういう背景を考えると、看護師職にも多様性が必要ではないかと思う。その流れをキャリアーアップで言うと専門看護師でありNPであろう。米国はそこを長年の努力で培ってきたと思う。一方、准看護師は看護という仕事を安い労働対価で行うから、また十分な知識と技術を持っていないのに看護師と同じ仕事をしている、という看護という仕事への社会的評価と質の担保の両面で問題がある。ここで、一般の方々は何かおかしいと思われるはずである。准看護師さんがやっていることは医師の直接の監督のもとであり、あまり危険もなく、患者さんには有難いし、医療現場での実績もあるとすると、正看護師さんはもっと別の専門分野とか高いレベルだけしたらいい、仕事を分けたらいいのでは、という疑問である。これが出来れば今頃こんな議論は出てこないのだかが、多くの医療現現場では正看護師しかいないし、改めて准看護師を採用する考えはない。医療レベルが上がり、質の担保が求められる中で、准看護師はどこに行ったらいいのか?既に長らく議論されているが、一つの考える仕組みは、医療の場での区別、ということではないか。特定機能病院と地域の総合病院、あるいは僻地の診療所や介護施設など、働く場所はものすごく多様で多彩である。そこと医療従事者の資格とのギャップが問題ではないか。看護師制度だけでなく医師の制度(専門医制度)にも同じことが言える。
准看護師のことを話題にすると、少なくとも擁護的に話すと、看護系大学のお歴々からは白い目で見られる。看護(師)の質をどう上げるのかという話では共通するのだが、本音と建て前、といったことでの意見の相違かもしれない。またこの話題は、特定看護師での議論にも通じと思って書いている。今回のブログは、読売新聞に挑発された格好となったが、問題点の整理をしながら批判覚悟で予て思っていることを書かせてもらった。我が国の医療従事者の人口当たりの数は国際的に見ても少ない(OECD調査)ことを社会が認識すべき、ということで締めさせてもらうが、大分長くなってしまいしました。最後に、現在多くの現場で働いている准看護師の方々が不快に思われる節があれば、本意ではないのでお許し願いたい。
| ポーアイ便り::医療問題 | 17:08 | comments (x) | trackback (x) |
2012,02,03, Friday
東北大震災から早くも10か月が過ぎた。東北地方は厳しい冬を迎えているなか、遠くからではあるが復興の響きもなかなか聞こえてこない。瓦礫処理が進まないことや、仮設住宅での孤独死、高齢者の健康管理などで大事な時期の様に思える。この冬は大寒波が日本を襲っていて、ここ数日は日本海側の大雪が大きくニュースになっている。太平洋側とはいえ東北の被災者の方々には一層厳しい状況と想像される。明日は立春であるが、寒波はまだまだ続くようで、気候といい、生活環境と言い、早く本当の春が来るよう祈らずにはおられない。
最近のニュースで、東北へのボランティアが段々少なくなっているとのことである。もうそろそろ1年になるので、ボランティア活動の内容も当初とはずいぶん様変わりであると思われる。何かできないか出かけてみるとか、若者であるから力仕事的なことが出来る、といった状況ではなくなっている。仮設住宅の方々への精神的な支援や、健康管理への支援などが主になって来るのかと思うが、被災現場の復興への支援も冬が過ぎるとまた大事なってくるのではないか、など遠くから身勝手な想像をしている。昨年7月に紹介したが、遠野市にある「遠野まごころネット」がどうしているか、ウエブで調べてみた。そうすると、関西同好会というのがあるらしい。以下、紹介文を掲載する。
「来る2月5日(日曜日)13時10分から(開場13時)遠野まごころネット関西同窓会による特別勉強会「もっと知りたい!災害ボランティアのこと。被災地のこと。」を開催いたします。被災地で活動した経験のある方だけでなく、未経験者の方にも、現在の被災地の状況や課題、今後の見通しなどをお伝えできる勉強会です。ぜひお集まりください。なお、クレオ大阪中央、というところで行われるという。
この遠野まごころネットはボランティア活動では先駆的存在であり、かつユニークな方法で持続的活動をされているが、そこから見えてくるのは「皆で支えよう東北を」、という感じではないかと思われる。いわゆる心のケア―や力仕事で支援、といった定番のものから、イベントをやったり贈り物をしたり、かなり広範囲で長期的(継続的)な活動になっているようだ。時間がれば、勉強会に行ってきたいと思う。
ここでボランティアについて取り上げたのは、本学学生の被災地への活動が継続されていることを紹介したいこともある。学生がボランティア団体「ふくろう」を立ち上げていて、昨年は8月と12月に神戸学院大学の活動に加わって参加している。今回、2月に2班に分かれて出かける準備が進んでいる。やっと、学生の中にこういう奉仕活動の芽が出てきたことは嬉しいことである。
ボランティアについてもう1件紹介したいのは、手前味噌になるかもしれないが、ある大学関係の刊行物に私の論文が掲載されたことである。日本私立大学連盟という団体が、隔月で「大学時報」という機関誌を発行している。ときどき目を通すが、文系の大学や大きな大学の高尚な論文や活動紹介、オピニオン、などであり、パラパラとめくる程度で典型的な積読、である。そこから、昨年11月であったか、学生のボランティア活動についての特集を組むので、医療系大学として何か書いてくれ、という依頼があった。「成長の場としての学生ボランティア」なるものである。ボランティアはあくまでボランティアか?といった禅問答のような趣旨の企画であった。単位認定はそもそもボランティアにはそぐわないのでは、といった投げかけであったように思う。学生ボランティアで立派な活動をされている超有名大学の中でどうして本学にと思ったが、恐らく私の学長ブログが何かで検索され、依頼があったものと思う。せっかくの機会でもあり、引き受けることとし、ブログの延長のような拙文を送ったところ掲載していただき、先日その掲載誌(24年1月号)が届いた。「医療系での対応と課題」という何とも堅苦しいタイトルになった。医学部や医療系大学では、国家試験受験資格取得、という大きな目標があり、カリキュラム上、大震災のようなときに講義や実習をやめて行かすのは難しい。さりとて医療人になるには何もしないでいいのか、というジレンマがある。その辺りを書かせてもらった。ボランティア活動を単位認定すべきというつもりはなく、本来そういう趣旨ではないが、指定カリキュラムに縛られて指を噛んでいるのも面白くない。ではどうすればいいのか。そこで必要なものは、カリキュラムの柔軟な運用を可能にする仕組みと、ボランティアを想定した科目をあらかじめ設定しておくことが大事ではないか、という意見を書かせてもらった。ブログ書きがこういう効果や延長線があるのかと自分で感心している。
本日は、前期入試の2日目で、この冬一番の冷え込みであったが、無事済んだところである。受験生が精いっぱい実力を発揮できたことを願っている。
最近のニュースで、東北へのボランティアが段々少なくなっているとのことである。もうそろそろ1年になるので、ボランティア活動の内容も当初とはずいぶん様変わりであると思われる。何かできないか出かけてみるとか、若者であるから力仕事的なことが出来る、といった状況ではなくなっている。仮設住宅の方々への精神的な支援や、健康管理への支援などが主になって来るのかと思うが、被災現場の復興への支援も冬が過ぎるとまた大事なってくるのではないか、など遠くから身勝手な想像をしている。昨年7月に紹介したが、遠野市にある「遠野まごころネット」がどうしているか、ウエブで調べてみた。そうすると、関西同好会というのがあるらしい。以下、紹介文を掲載する。
「来る2月5日(日曜日)13時10分から(開場13時)遠野まごころネット関西同窓会による特別勉強会「もっと知りたい!災害ボランティアのこと。被災地のこと。」を開催いたします。被災地で活動した経験のある方だけでなく、未経験者の方にも、現在の被災地の状況や課題、今後の見通しなどをお伝えできる勉強会です。ぜひお集まりください。なお、クレオ大阪中央、というところで行われるという。
この遠野まごころネットはボランティア活動では先駆的存在であり、かつユニークな方法で持続的活動をされているが、そこから見えてくるのは「皆で支えよう東北を」、という感じではないかと思われる。いわゆる心のケア―や力仕事で支援、といった定番のものから、イベントをやったり贈り物をしたり、かなり広範囲で長期的(継続的)な活動になっているようだ。時間がれば、勉強会に行ってきたいと思う。
ここでボランティアについて取り上げたのは、本学学生の被災地への活動が継続されていることを紹介したいこともある。学生がボランティア団体「ふくろう」を立ち上げていて、昨年は8月と12月に神戸学院大学の活動に加わって参加している。今回、2月に2班に分かれて出かける準備が進んでいる。やっと、学生の中にこういう奉仕活動の芽が出てきたことは嬉しいことである。
ボランティアについてもう1件紹介したいのは、手前味噌になるかもしれないが、ある大学関係の刊行物に私の論文が掲載されたことである。日本私立大学連盟という団体が、隔月で「大学時報」という機関誌を発行している。ときどき目を通すが、文系の大学や大きな大学の高尚な論文や活動紹介、オピニオン、などであり、パラパラとめくる程度で典型的な積読、である。そこから、昨年11月であったか、学生のボランティア活動についての特集を組むので、医療系大学として何か書いてくれ、という依頼があった。「成長の場としての学生ボランティア」なるものである。ボランティアはあくまでボランティアか?といった禅問答のような趣旨の企画であった。単位認定はそもそもボランティアにはそぐわないのでは、といった投げかけであったように思う。学生ボランティアで立派な活動をされている超有名大学の中でどうして本学にと思ったが、恐らく私の学長ブログが何かで検索され、依頼があったものと思う。せっかくの機会でもあり、引き受けることとし、ブログの延長のような拙文を送ったところ掲載していただき、先日その掲載誌(24年1月号)が届いた。「医療系での対応と課題」という何とも堅苦しいタイトルになった。医学部や医療系大学では、国家試験受験資格取得、という大きな目標があり、カリキュラム上、大震災のようなときに講義や実習をやめて行かすのは難しい。さりとて医療人になるには何もしないでいいのか、というジレンマがある。その辺りを書かせてもらった。ボランティア活動を単位認定すべきというつもりはなく、本来そういう趣旨ではないが、指定カリキュラムに縛られて指を噛んでいるのも面白くない。ではどうすればいいのか。そこで必要なものは、カリキュラムの柔軟な運用を可能にする仕組みと、ボランティアを想定した科目をあらかじめ設定しておくことが大事ではないか、という意見を書かせてもらった。ブログ書きがこういう効果や延長線があるのかと自分で感心している。
本日は、前期入試の2日目で、この冬一番の冷え込みであったが、無事済んだところである。受験生が精いっぱい実力を発揮できたことを願っている。
| ポーアイ便り | 17:28 | comments (x) | trackback (x) |
2012,01,23, Monday
本日は兵庫医科大学でチーム医療講演会なるものがあり、防衛医科大学校の前原正明教授が表記のタイトルで講演された。主催は兵庫医科大の心臓血管外科ということであるが、太城病院長からも多方面に声がかけられ、我々医療大からも何人か参加した。医大病院の医師、看護師、薬剤師、さらに近隣の病院からも参加があり、盛会であった。チーム医療、というテーマは今や医療現場では大事なキーワードで、特に前原教授は私と同じ心臓血管外科が専門であるが、日本胸部外科学会や日本外科学会を足場に、行政にナースプラクティショナー(NP)やフィシシャンズアシスタント(PA)の導入を呼びかけておられる。なかでも特定看護師導入ではその運動の旗頭でもあり、どういう医療行為が専門教育された看護師に任せられるかという調査をされているので、皆さんの関心が高いと想像される。我々の大学でも特定看護師養成コースを大学院修士課程におくかどうか議論をしているので、私始め各学部からの参加もあった。
前原教授は前置きで、子供の頃は武庫川の近くに済んでいたことを話されながら、医療崩壊の原因、外科医の処遇改善、海外視察、NP・PA制度の導入への学会の動き、などの経緯を話され、そのなかでこれからのチーム医療には医師と他職種の中間職種にあたる専門職、海外ではPAとかNPであるが、そういった制度の導入の意義を紹介された。その背景には、医師不足や外科医不足などがあるが、日本では全体に医療従事者が少なく、質と安全の保障にはそういった新たな職種の導入も必要であり、これからの我が国のチーム医療はそういった流れにあるというお話でした。これは厚労省が進めているチーム医療の推進に関する検討会の答申などでも支持され、昨年12月には社会保障審議会医療部会からに取りまとめ意見に表れていると説明であった。
前原先生によると、当初はNPやPA(医師でもなく看護師でもない全く新たな職種で、手術とかある特定の医療で補助をする)の導入を要望したが、法律の問題や医療関係者の理解が得にくく、結果的には特定看護師という恰好で進めることとなったようだ。しかし、ゴールは、ある特定の医療行為を出来るといった狭いものではなく、米国の様なNPを目指していて、特定看護師制度の先にはNP制度がり、さらにはPAも検討すべきと話された。看護の大学関係者や医師会、薬剤師会などの反対があるが、それらのトップの方々は反対されているが、アンケートなどでは現場や若い方々はそうではないとの話でもあった。
実際、幾つかの看護系大学のNP養成コースが厚労省の試行事業に参加していて、それを修了した看護師さんが既に現場で働いていて、医師や患者さんからの評判もいいとのことであった。聖路加国際病院理事長の日野原重明先生もNP制度の推進に積極的であり、聖路加看護大学も特定看護師コースを大学院においている、とのことであった。今後については法律がどうなるかが懸案であり、政情から見て、また各界の反対もあるので、微妙であるとのことであった。
質疑の時間もあったが、看護部長の発言のあとは、医療大学関係者が続いた。最後に私も意見を述べさせてもらったが、兵庫医療大学は開学当初から、チーム医療、ボーダレス、を掲げてこれまできた。そのかなで看護学部の学生には、君たちの将来には、NP等のより高いレベルの実践が出来る制度が待ち構えている、と話してきたことととを紹介し、特定看護師については医療関係者がもう少し支持するような方向でまとめてもらい、法律成立へ頑張って欲しいとお願いをした。
さて、最後になったが、このような企画が兵庫医科大学心臓血管外科の音頭で行われたのには訳がある。それは、兵庫医大病院の看護部には何人かの専門看護師がおられて、その中に急性期看護で資格を持っている宇都宮さんという方がおられる。今は聖路加看護大学の准教授であるが、厚労省のチーム医療支援事業に心臓血管外科と連携して応募したのが採用になり、週一日は庫川の医大病院心臓血管外科外来で心臓血管外科専門ナースとして働いておられる。その事業の一環としてこの講演会が開かれた。専門看護師はまだまだ日本では数も少なく、その役割が十分発揮されていないと思われるが、さらなる高度の実践力を付ける制度のなっていくようであるが、それとこれからのNPは合流するものではないようだ。しかし、両者がそろって夫々の役割を果たしていけば日本の看護の充実、チーム医療の発展になるというのが私の思いである。
特定看護師制度実現の急先鋒の前原教授の話でもあり、この制度を疑問視している方々には返って反発を呼ぶような気もしたが、法律ができるかどうかは大きな課題ではあとして、NPやPAといった医師と他職種の中間職種が日本でも必要になってきていて、国としてそういう方向性を示していることは理解しないといけないように感じた。外科医が楽になる、といった類のものではないことも知って欲しいことである。
チーム医療は誰のためか、については、言うまでもなく患者さんのためであり社会の福祉や健康への大きな力になるということを改めて考える講演会であった。
前原教授は前置きで、子供の頃は武庫川の近くに済んでいたことを話されながら、医療崩壊の原因、外科医の処遇改善、海外視察、NP・PA制度の導入への学会の動き、などの経緯を話され、そのなかでこれからのチーム医療には医師と他職種の中間職種にあたる専門職、海外ではPAとかNPであるが、そういった制度の導入の意義を紹介された。その背景には、医師不足や外科医不足などがあるが、日本では全体に医療従事者が少なく、質と安全の保障にはそういった新たな職種の導入も必要であり、これからの我が国のチーム医療はそういった流れにあるというお話でした。これは厚労省が進めているチーム医療の推進に関する検討会の答申などでも支持され、昨年12月には社会保障審議会医療部会からに取りまとめ意見に表れていると説明であった。
前原先生によると、当初はNPやPA(医師でもなく看護師でもない全く新たな職種で、手術とかある特定の医療で補助をする)の導入を要望したが、法律の問題や医療関係者の理解が得にくく、結果的には特定看護師という恰好で進めることとなったようだ。しかし、ゴールは、ある特定の医療行為を出来るといった狭いものではなく、米国の様なNPを目指していて、特定看護師制度の先にはNP制度がり、さらにはPAも検討すべきと話された。看護の大学関係者や医師会、薬剤師会などの反対があるが、それらのトップの方々は反対されているが、アンケートなどでは現場や若い方々はそうではないとの話でもあった。
実際、幾つかの看護系大学のNP養成コースが厚労省の試行事業に参加していて、それを修了した看護師さんが既に現場で働いていて、医師や患者さんからの評判もいいとのことであった。聖路加国際病院理事長の日野原重明先生もNP制度の推進に積極的であり、聖路加看護大学も特定看護師コースを大学院においている、とのことであった。今後については法律がどうなるかが懸案であり、政情から見て、また各界の反対もあるので、微妙であるとのことであった。
質疑の時間もあったが、看護部長の発言のあとは、医療大学関係者が続いた。最後に私も意見を述べさせてもらったが、兵庫医療大学は開学当初から、チーム医療、ボーダレス、を掲げてこれまできた。そのかなで看護学部の学生には、君たちの将来には、NP等のより高いレベルの実践が出来る制度が待ち構えている、と話してきたことととを紹介し、特定看護師については医療関係者がもう少し支持するような方向でまとめてもらい、法律成立へ頑張って欲しいとお願いをした。
さて、最後になったが、このような企画が兵庫医科大学心臓血管外科の音頭で行われたのには訳がある。それは、兵庫医大病院の看護部には何人かの専門看護師がおられて、その中に急性期看護で資格を持っている宇都宮さんという方がおられる。今は聖路加看護大学の准教授であるが、厚労省のチーム医療支援事業に心臓血管外科と連携して応募したのが採用になり、週一日は庫川の医大病院心臓血管外科外来で心臓血管外科専門ナースとして働いておられる。その事業の一環としてこの講演会が開かれた。専門看護師はまだまだ日本では数も少なく、その役割が十分発揮されていないと思われるが、さらなる高度の実践力を付ける制度のなっていくようであるが、それとこれからのNPは合流するものではないようだ。しかし、両者がそろって夫々の役割を果たしていけば日本の看護の充実、チーム医療の発展になるというのが私の思いである。
特定看護師制度実現の急先鋒の前原教授の話でもあり、この制度を疑問視している方々には返って反発を呼ぶような気もしたが、法律ができるかどうかは大きな課題ではあとして、NPやPAといった医師と他職種の中間職種が日本でも必要になってきていて、国としてそういう方向性を示していることは理解しないといけないように感じた。外科医が楽になる、といった類のものではないことも知って欲しいことである。
チーム医療は誰のためか、については、言うまでもなく患者さんのためであり社会の福祉や健康への大きな力になるということを改めて考える講演会であった。
| ポーアイ便り::医療問題 | 22:36 | comments (x) | trackback (x) |
2012,01,11, Wednesday
3連休も何となく穏やかに済みましたが、1月10日は西宮戎(えべっさん)の初日でした。兵庫医大での定例会議に出るべく43号線を走っていて、西宮神社前が交通規制で混雑しているので気が付いた訳ですが、早朝、新春恒例の開門神事であります門から祭壇までの競争による福男選びは有名です。夕刊やTVのニュースによると、今年の福男は福井県出身で住所が福地山の福田さんと、福が三つも付いたまさに福男でした。この方は東北へはボランテイアーに行かれた方のようで、福島にも福が来ますようという願いが実ったのかもしれません。商売繁盛を願う「えべっさん」は関西の伝統行事ですが、西宮と大阪の今宮戎には3日間で沢山の方が出かけますが、今年こそ景気回復の年になって欲しいと思います。
朝のニュースを賑わしていたのは、女子サッカーのビッグニュースでした。チューリッヒで行われていた国際サッカー連盟(FIFA)の2011年の年間表彰式で、11年の女子世界最優秀選手になでしこジャパンの沢穂希選手が選ばれました。さらに、女子チームの世界最優秀監督には、佐々木則夫監督が選ばれて、ダブル受賞です。澤選手は振袖で、男子最優秀選手のメッシと並んでいる写真が出ています。澤選手の和服姿はまさになでしこですが、式場での姿は堂々としていて、あのメッシもたじたじといった感じでした。佐々木監督もタキシード、蝶ネクタイがビシッと決まっていて、素晴らしかったです。いつもの笑顔ではなくやや緊張気味でしたが、ピッチとは違って本当にいい顔をされていました。加えて、フェアプレー賞に日本サッカー協会が選ばれています。これは、東北の震災に打ちのめされた日本を、サッカーを通して国民を勇気づけ、また世界の目を日本への支援へと向けさせた功績が評価されたとのことです。
なでしこジャパンのドイツでの快挙は、昨年夏の東北行のブログでも紹介しましたが、決勝戦は被災地ボランテイァの視察団として当地に出かけていた時でした。大船戸市の民宿で一喜一憂しながら米国との決勝戦を見ていたのを思い出します。土壇場での澤選手のコーナーキックに合わせた同点ゴールやPK戦の劇的な勝利に日本中が感動し、また震災被害からの復興に大きな力をくれたと思います。PK選前、円陣を組んだ選手への佐々木監督のあの笑顔が今も目に浮かびます。世界でトップになる指揮官の姿でした。佐々木監督はあの笑顔で最優秀監督賞も引き寄せたのではないかと思います。
もう一つ新聞で目に留まったのはコラム欄での、日の丸、という見出しです。国旗をあしらったイラストもありました。お正月ですから国旗の日の丸を大事にしようとか、ついでにスポーツの応援で日の丸を寄せ書きで汚さないでください、と書いてくれるのかと思ったりしました。内容は、この頃は祝日に、お正月もそうですが、街中や家の前に日の丸を掲げる習慣が無くなったことを嘆いていました。確かに、公的な建物や学校などの掲揚ポールがあるとことは別として、街角で日の丸という国旗を見ることは殆どなくなりました。掲げるにも出来ない生活様式になっていることも原因でしょう。私が子供のころは街中でも国旗掲揚が普通でしたが、今は我が家もそうですが、ほとんどのお家で国旗は探してもないでしょうし、祝日に家の前や窓に日の丸を掲げる方は殆ど見かけません。私は何も右翼的な考えではなく、単に自分の国の国旗と国歌は大事にしないと、という単純な発想で今この記事を書いています。国旗は国歌と同様に長らく教育現場での否定的な扱いもあり、何となく馴染めない雰囲気が若い人たちにあるのかも知れません。そのコラム記事から、スポーツの国際試合の応援だけでなく、普段から日の丸を大事にしては、というメッセージを感じたので、澤選手と佐々木監督の受賞に合わせて書かせてもらいました。この二つの繋がりには大分無理があったようですが、ご容赦ください。
追伸;このブログもこの連休で閲覧累積数が10万回を超えました。始めて3年弱ですが、皆様のご支援に改めて感謝いたします。今年も、お付き合い下さい。
朝のニュースを賑わしていたのは、女子サッカーのビッグニュースでした。チューリッヒで行われていた国際サッカー連盟(FIFA)の2011年の年間表彰式で、11年の女子世界最優秀選手になでしこジャパンの沢穂希選手が選ばれました。さらに、女子チームの世界最優秀監督には、佐々木則夫監督が選ばれて、ダブル受賞です。澤選手は振袖で、男子最優秀選手のメッシと並んでいる写真が出ています。澤選手の和服姿はまさになでしこですが、式場での姿は堂々としていて、あのメッシもたじたじといった感じでした。佐々木監督もタキシード、蝶ネクタイがビシッと決まっていて、素晴らしかったです。いつもの笑顔ではなくやや緊張気味でしたが、ピッチとは違って本当にいい顔をされていました。加えて、フェアプレー賞に日本サッカー協会が選ばれています。これは、東北の震災に打ちのめされた日本を、サッカーを通して国民を勇気づけ、また世界の目を日本への支援へと向けさせた功績が評価されたとのことです。
なでしこジャパンのドイツでの快挙は、昨年夏の東北行のブログでも紹介しましたが、決勝戦は被災地ボランテイァの視察団として当地に出かけていた時でした。大船戸市の民宿で一喜一憂しながら米国との決勝戦を見ていたのを思い出します。土壇場での澤選手のコーナーキックに合わせた同点ゴールやPK戦の劇的な勝利に日本中が感動し、また震災被害からの復興に大きな力をくれたと思います。PK選前、円陣を組んだ選手への佐々木監督のあの笑顔が今も目に浮かびます。世界でトップになる指揮官の姿でした。佐々木監督はあの笑顔で最優秀監督賞も引き寄せたのではないかと思います。
もう一つ新聞で目に留まったのはコラム欄での、日の丸、という見出しです。国旗をあしらったイラストもありました。お正月ですから国旗の日の丸を大事にしようとか、ついでにスポーツの応援で日の丸を寄せ書きで汚さないでください、と書いてくれるのかと思ったりしました。内容は、この頃は祝日に、お正月もそうですが、街中や家の前に日の丸を掲げる習慣が無くなったことを嘆いていました。確かに、公的な建物や学校などの掲揚ポールがあるとことは別として、街角で日の丸という国旗を見ることは殆どなくなりました。掲げるにも出来ない生活様式になっていることも原因でしょう。私が子供のころは街中でも国旗掲揚が普通でしたが、今は我が家もそうですが、ほとんどのお家で国旗は探してもないでしょうし、祝日に家の前や窓に日の丸を掲げる方は殆ど見かけません。私は何も右翼的な考えではなく、単に自分の国の国旗と国歌は大事にしないと、という単純な発想で今この記事を書いています。国旗は国歌と同様に長らく教育現場での否定的な扱いもあり、何となく馴染めない雰囲気が若い人たちにあるのかも知れません。そのコラム記事から、スポーツの国際試合の応援だけでなく、普段から日の丸を大事にしては、というメッセージを感じたので、澤選手と佐々木監督の受賞に合わせて書かせてもらいました。この二つの繋がりには大分無理があったようですが、ご容赦ください。
追伸;このブログもこの連休で閲覧累積数が10万回を超えました。始めて3年弱ですが、皆様のご支援に改めて感謝いたします。今年も、お付き合い下さい。
| 雑感 | 05:58 | comments (x) | trackback (x) |
2012,01,06, Friday
皆様、新年あけましておめでとうございます。昨年は自然災害、経済不況など多難な1年でしたが、被災された方や東北地方の一刻も早い復興を願い、そして各々が新たな目標を持って新年を迎えられたことと思います。今年は辰年でありますが、辰の謂れなど俄仕込みのウエブで見ますと、「辰」(しん)には草木が自然の力に耐えてしっかり成長していくという意味があるそうで、これが「竜」となると地から強いエネルギーの象徴に変わるようです。辰年はそういう意味では震災後の年に相応しいように感じますが、皆さんは年賀状を書きまた受け取った時にどう思われるでしょうか。私は喪中ということで年賀状は失礼いたしました。年賀状を見ないと年が明けたように思えないのですが、受け取る数は少なくなったとはいえ楽しく見させてもらいました。
穏やかなお正月でしたが、4日からは近畿地方もかなり冷え込んできて、六甲山や山手では雪が舞っていたようです。大学から眺める六甲の峰は快晴の青空に映えて、美しい姿を見せていますし、神戸の海も今日は白波も少なく、新年の装いのようです。昨日から学生も講義が始まり、元の賑やかさを取り戻しています。
4日朝は教職員に方に集まってもらって年頭の挨拶をするのが恒例になっています。今年は4月から薬学部も一期生が最終学年になり、来春には社会に巣立っていきますので、兵庫医療大学全体でまず第一期の完成、とい節目の年になります。私が申し上げたことは、初心に帰ろう、ということでした。当初の、新しい大学を作るのだ、という意気込みをもう一度思い出してください、ということでした。本学の最大の目標であり使命である学部教育充実を、チーム医療とボーダレスの合言葉のもとで、ブラシュアップと新たな展開をして行きましょう、という内容でした。
私のブログも新たな境地?で続けたいと思っています。昨年末に本にまとめたのですが、「続、心臓外科医の見たーー」は?というプレッシャーもあって、気が抜けなくなりました。とはいえ、気楽に、徒然に、タイムリーに、という感じで頑張りたいと思っています。
本年もよろしくお願いいたします。
写真は大学研究室から見た神戸港の海で、対岸がハーバーランドです。

穏やかなお正月でしたが、4日からは近畿地方もかなり冷え込んできて、六甲山や山手では雪が舞っていたようです。大学から眺める六甲の峰は快晴の青空に映えて、美しい姿を見せていますし、神戸の海も今日は白波も少なく、新年の装いのようです。昨日から学生も講義が始まり、元の賑やかさを取り戻しています。
4日朝は教職員に方に集まってもらって年頭の挨拶をするのが恒例になっています。今年は4月から薬学部も一期生が最終学年になり、来春には社会に巣立っていきますので、兵庫医療大学全体でまず第一期の完成、とい節目の年になります。私が申し上げたことは、初心に帰ろう、ということでした。当初の、新しい大学を作るのだ、という意気込みをもう一度思い出してください、ということでした。本学の最大の目標であり使命である学部教育充実を、チーム医療とボーダレスの合言葉のもとで、ブラシュアップと新たな展開をして行きましょう、という内容でした。
私のブログも新たな境地?で続けたいと思っています。昨年末に本にまとめたのですが、「続、心臓外科医の見たーー」は?というプレッシャーもあって、気が抜けなくなりました。とはいえ、気楽に、徒然に、タイムリーに、という感じで頑張りたいと思っています。
本年もよろしくお願いいたします。
写真は大学研究室から見た神戸港の海で、対岸がハーバーランドです。
| ポーアイ便り::その他 | 12:02 | comments (x) | trackback (x) |
2011,12,29, Thursday
平成23年もあと数日となりました。3月11日の東北地方を襲った大震災と引く続く原発事故で、多くの方々が命を落とし、また家族や住処、大事な仕事を失うという、大変過酷な試練を日本に突きつけました。自然の力の恐ろしさとともに、科学技術の脆さ、人命の儚さ、を思い知らされました。沢山の子供さんが犠牲になり行方不明になっている現実に、今になっても誰もを悲しい気持ちにさせています。しかし一方では、その厳しい試練を乗り越える東北の人々の逞しさに総てが感動し、日本がそして世界が一体となって支援と励ましを進めるなかで、人とひとの絆、思いやりと助け合いの心が如何に大事か、日本人に思い出させたと思います。
阪神淡路大震災の時のことですが、震災後数日して一歩神戸から離れたら、そこに見つけたのは普段と何も変わらない町の姿で、何とも言えない寂しさを感じたのを思い出します。しかし、今回はそうではなかったと思います。日本中が同じように打ちひしがれながら、遠方の人も何か出来ないか真剣に考えていました。
というのが今、年の瀬で感じることですが、ご報告は、学長ブログを本に纏めたことです。この夏までの2年半の間に150編ほどとなり、その中から読んでもらえるようなものを選んでまとめました。出版社は神戸のエピックさんで、「認知症が良くわかる本」でもお世話になった所です。奥間社長に勧められて、重い腰を上げたのですが、出すとなると何かメッセージ性がないと、と思いました。学長ということを前に出すには内容がマッチしないし、そんな柄でもないので、思い切ってタイトルは「心臓外科医の見た医療事情」としました。元心臓外科医ではないと所にご注目、ということでしょうか。笑われる方も多いでしょうが、生涯現役、という現実離れの夢を込めた積りです。表紙には手術中の写真をボカシテ入れ、臓器移植のグリーンリボンをあしらいました。赤い帯は、少しどぎついですが、出版社のご意向です。
平成21年2月のブログ開始から、本年8月の東北地区へ、まで総数63編です。ハードカバーで280ページ程になりました。医師不足や医療崩壊、臓器移植法の改正、補助人工心臓が新しい時代になったり、チーム医療が注目され特定看護師案が登場、6年制薬剤師教育開始、そんな中で本学の取り組みや医療現場での課題、さらに医療専門職者の生涯教育、そんな話題を取り上げました。ご笑覧いただければ幸いです。結果的には、古希の節目に出した学術以外の最初の著書となりました。
出版社はエピック(神戸の出版社、下記)で、価格は税込1800円で、発行は1月中旬になるそうです。以上、宣伝させてもらいました。 では皆様、良いお年をお迎え下さい。
図書出版 エピック 代表奥間祥行
〒651-0093 神戸市中央区二宮2-13
TEL078-241-7561 FAX078-241-1918

阪神淡路大震災の時のことですが、震災後数日して一歩神戸から離れたら、そこに見つけたのは普段と何も変わらない町の姿で、何とも言えない寂しさを感じたのを思い出します。しかし、今回はそうではなかったと思います。日本中が同じように打ちひしがれながら、遠方の人も何か出来ないか真剣に考えていました。
というのが今、年の瀬で感じることですが、ご報告は、学長ブログを本に纏めたことです。この夏までの2年半の間に150編ほどとなり、その中から読んでもらえるようなものを選んでまとめました。出版社は神戸のエピックさんで、「認知症が良くわかる本」でもお世話になった所です。奥間社長に勧められて、重い腰を上げたのですが、出すとなると何かメッセージ性がないと、と思いました。学長ということを前に出すには内容がマッチしないし、そんな柄でもないので、思い切ってタイトルは「心臓外科医の見た医療事情」としました。元心臓外科医ではないと所にご注目、ということでしょうか。笑われる方も多いでしょうが、生涯現役、という現実離れの夢を込めた積りです。表紙には手術中の写真をボカシテ入れ、臓器移植のグリーンリボンをあしらいました。赤い帯は、少しどぎついですが、出版社のご意向です。
平成21年2月のブログ開始から、本年8月の東北地区へ、まで総数63編です。ハードカバーで280ページ程になりました。医師不足や医療崩壊、臓器移植法の改正、補助人工心臓が新しい時代になったり、チーム医療が注目され特定看護師案が登場、6年制薬剤師教育開始、そんな中で本学の取り組みや医療現場での課題、さらに医療専門職者の生涯教育、そんな話題を取り上げました。ご笑覧いただければ幸いです。結果的には、古希の節目に出した学術以外の最初の著書となりました。
出版社はエピック(神戸の出版社、下記)で、価格は税込1800円で、発行は1月中旬になるそうです。以上、宣伝させてもらいました。 では皆様、良いお年をお迎え下さい。
図書出版 エピック 代表奥間祥行
〒651-0093 神戸市中央区二宮2-13
TEL078-241-7561 FAX078-241-1918

| ポーアイ便り | 08:00 | comments (x) | trackback (x) |
2011,12,28, Wednesday
大学はそれぞれ建学の精神に則って、目標とする教育、研究、そして社会貢献での役割を果たしているか、自らが検証評価し、改善していかねばならない。本学も開学以来、自己点検・評価委員会をおき、教育部会、研究部会、管理運営部会、そして社会貢献部会、をおいて内部評価と改善を行ってきた。この委員会の委員長は学長で、これまで新設大学として試行錯誤もあったが、皆さんのお蔭でなんとかここまでやって来れたと思う。自己を点検し、評価することはどんな場合いでも決して容易ではない。そもそも評価なるものは、本外部に頼んできちんと行うべき筋合い(ピアーレビュー)であるが、その前にまず自分たちがお互いに点検し、評価する、という仕組みを恒常的に働かさないといけない。形だけの委員会では意味がない。ここでは、いわゆるPDCAサイクル(Plan,Do,Check,Act)が回らないといけない。ちょうど一年前には、それまでの4年間を振り返って、PDCAサイクルについてどこが回って、どこが止まっているかを、委員会ではなく全学で考える機会を持った。残念ながら十分廻っているところは限られ、途中で止まったままの所も結構多い。どうして動ごかしアクションまで行くのか、が今年の課題でもあった。
内容的には、学部教育の充実や研究推進ではまだまだの所が多く、なかでも授業評価は私の目標からはほど遠いものであった。一方、社会貢献では、地域連携センターの活動として公開講座などで実績も多かった。そ成果の一つとして、先に出版した「認知症が良くわかる本」が挙げられる。また、「年報」発行は自己点検評価の大事な仕事で、これまで隔年ではあるが、2回出している。第三報はこの二年間のまとめで、来年4月以降に出さないといけない。
さて、内部評価の後は外部評価であるが、これは法律で決められている。大学認証評価、と言われるものである。即ち、「大学は,その教育研究水準の向上に資するため,教育研究,組織運営及び施設設備の総合的な状況に関し自己点検・評価を行い,政令で定める期間ごと(7年以内ごと)に,文部科学大臣の認証を受けた評価機関(認証評価機関)の実施する評価(認証評価)を受けること」が義務付けられている。本学も来年は開学6年目に当たるので、第一回の認証評価を大学基準協会に申請しなければならない。本年度中に纏めて来年に申請するものであり、大変な作業を要するが、この仕事の責任者は馬場明道副学長にお願いした。馬場先生は本学に来られる前は阪大の副学長・理事として評価分野を担当されていたので、任せなさい、ということで自ら引き受けて頂いた。大変な作業であったが、先日そのまとめが出来て、認証評価機構に提出できた。来年度はその審査が行われる。
この認証評価を受けるということは、まさに自己点検・評価の外部評価であるが、大学の組織運営を始めとして、目標にあった成果が上がっているか、詳細な分析が要る。大変な作業で、馬場先生はじめワーキングの先生方、職員の方々に大変感謝している。私としては、それぞれの項目の分析内容も大事であるが、総合評価の所に目がいく。即ち、PDCAサイクルが回っている所とそうでないところがかなり見えてくるからである。良いことばかり書くのではなく、問題点を自らが抽出し、提示し、そして自らか改善するアクションを、認証評価機構の審査結果を待つ前に進めなければならないと思っている。認証評価報告書をまとめて頂いたので、私としては外部評価の前にすることが沢山あるし、何が課題かも見えてきた。この認証評価報告書がまとめられたのは本年の大学の大きな成果である。
この報告書は形式上各部局ごとに整理されているので、横断的なものはどうしても見え難くなる。本学の特徴で大事な目標である「ボーダレスな教育環境の提示」についても点検評価が具体的に要るようである。チーム医療教育もしかりである。掛け声だけに終わっていないか、言葉だけが空回りしていないか、自己点検が要る。
年内に認証評価報告書がまとまったことで、本学も年を越せる。
内容的には、学部教育の充実や研究推進ではまだまだの所が多く、なかでも授業評価は私の目標からはほど遠いものであった。一方、社会貢献では、地域連携センターの活動として公開講座などで実績も多かった。そ成果の一つとして、先に出版した「認知症が良くわかる本」が挙げられる。また、「年報」発行は自己点検評価の大事な仕事で、これまで隔年ではあるが、2回出している。第三報はこの二年間のまとめで、来年4月以降に出さないといけない。
さて、内部評価の後は外部評価であるが、これは法律で決められている。大学認証評価、と言われるものである。即ち、「大学は,その教育研究水準の向上に資するため,教育研究,組織運営及び施設設備の総合的な状況に関し自己点検・評価を行い,政令で定める期間ごと(7年以内ごと)に,文部科学大臣の認証を受けた評価機関(認証評価機関)の実施する評価(認証評価)を受けること」が義務付けられている。本学も来年は開学6年目に当たるので、第一回の認証評価を大学基準協会に申請しなければならない。本年度中に纏めて来年に申請するものであり、大変な作業を要するが、この仕事の責任者は馬場明道副学長にお願いした。馬場先生は本学に来られる前は阪大の副学長・理事として評価分野を担当されていたので、任せなさい、ということで自ら引き受けて頂いた。大変な作業であったが、先日そのまとめが出来て、認証評価機構に提出できた。来年度はその審査が行われる。
この認証評価を受けるということは、まさに自己点検・評価の外部評価であるが、大学の組織運営を始めとして、目標にあった成果が上がっているか、詳細な分析が要る。大変な作業で、馬場先生はじめワーキングの先生方、職員の方々に大変感謝している。私としては、それぞれの項目の分析内容も大事であるが、総合評価の所に目がいく。即ち、PDCAサイクルが回っている所とそうでないところがかなり見えてくるからである。良いことばかり書くのではなく、問題点を自らが抽出し、提示し、そして自らか改善するアクションを、認証評価機構の審査結果を待つ前に進めなければならないと思っている。認証評価報告書をまとめて頂いたので、私としては外部評価の前にすることが沢山あるし、何が課題かも見えてきた。この認証評価報告書がまとめられたのは本年の大学の大きな成果である。
この報告書は形式上各部局ごとに整理されているので、横断的なものはどうしても見え難くなる。本学の特徴で大事な目標である「ボーダレスな教育環境の提示」についても点検評価が具体的に要るようである。チーム医療教育もしかりである。掛け声だけに終わっていないか、言葉だけが空回りしていないか、自己点検が要る。
年内に認証評価報告書がまとまったことで、本学も年を越せる。
| ポーアイ便り::その他 | 07:20 | comments (x) | trackback (x) |
2011,12,25, Sunday
連続して薬学部の話ですが、昨日は大学で薬学部学生相手の企業就職説明会が開かれました。今の5年生が対象ですから、4年制であれば3年生です。先に書きましたが12月が就職活動解禁で学生の実習などの都合で連休中日の土曜日になりました。製薬関係企業が12社、薬局関係が30社ほどで、大変盛会でした(写真はピンボケ気味ですいません)。学生は、その前に、キャリアーデザインセンター長の田中明人教授(薬学)から気合を入れられ、リクルートスーツで神妙に興味あるブースで説明を聞いていました。田中教授は本学に来る前は長く製薬企業で働いていたので、その経験から人の採用や扱いの企業側の厳しさを繰り返し紹介し、世の中甘くないよ、君達は今日の態度や応答で将来が決まるのだよと、熱弁でした。6年制先発大学の1期生で席は埋まって君たちは厳しいよということ。私が聞いていてもなるほどという内容で、特に、世の中は「就職難」ではなく、「人材難」である、というメッセージでした。希望の実現に向かって頑張れ、というエールでもあり、脅しでもありました。私が加えるなら、6年制薬学部を卒業したということに自信とプライドと持て、ということでしょう。
各ブースに何人か座るところがあって、20分毎にブザーが鳴って、一応交代、ということですが、人気の所はその時間では済まないくらい、熱が入っていたようです。自衛隊も来られていて、幹部候補生募集、ということでかなり関心度が高かったようです。製薬企業関係も教員の顔を立ててもらったのか、結構参加してもらいました。新設の我々のようなところの新卒者にはなかなか厳しい門ではありますが、学生も結構興味をもって説明を聞いていたようです。製薬企業はどういうと所かの勉強になったでしょう。
さて、先の「薬薬連携」に関係しますが、昨日は調剤薬局チェーンのブースのオンパレードで、それぞれ説明する方もパワーポイントやパソコンを使って熱心に説明をされ、6年制の卒業生への期待が感じられましたが、その説明をそばで聞いていて興味があったのは新人教育や生涯教育です。各社とも新人教育やその後の研修体制等、当然ですが結構内容は充実しているで、さすがという感じでした。しかし、その教育や研修制度の中で、医療現場を見るということで注目して聞いていたのですが、病院や医療現場での再教育、チーム医療、というキーワードは数社だけですが、まずなかったようです。説明をされていたある会社の方にこの点を振ってみたのですが、話が合わなく、現状では致し方ないか、ということでした。
面白かったのは、病院薬剤師の紹介をするネットワークの会社も来ていました。他の医療職では最近インターネットで派手な求人や斡旋が目につきますが、そういう類ではないようで安心しましたが、沢山の学生が興味をもっていたようです。本学では病院薬剤師希望が多いので、それが表われているのでしょう、私にとっても関心度が高かったブースでした。
さて、この説明会は企業ということで、病院関係は来ていません。来年春に兵庫医科大関係の病院説明会があるのですが、それまでどうするのか、大学として大事な所です。病院希望の学生にはこの説明会だけでは不安になるのではと思い、また私も病院薬剤師希望の学生の夢を実現させないといけませんので、昼食時に臨時に学生に集まってもらいました。私から、これからの病院薬剤師就職対策について紹介しエールを送ると共に、全体的な話として調剤薬局の説明でも臨床現場での再教育はどうなっているか、聞いてみてはと伝えておきました。
本学の卒業生ということではなく、6年制を出た薬剤師の働くところはどうすべきか、医療関係者が皆で考えるべきことです。なかでも病院薬剤師枠の拡大、その為のレジデント制導入など、新たな対応策へのアクションがどんどん広まって欲しいとの思いを強くした日でした。

各ブースに何人か座るところがあって、20分毎にブザーが鳴って、一応交代、ということですが、人気の所はその時間では済まないくらい、熱が入っていたようです。自衛隊も来られていて、幹部候補生募集、ということでかなり関心度が高かったようです。製薬企業関係も教員の顔を立ててもらったのか、結構参加してもらいました。新設の我々のようなところの新卒者にはなかなか厳しい門ではありますが、学生も結構興味をもって説明を聞いていたようです。製薬企業はどういうと所かの勉強になったでしょう。
さて、先の「薬薬連携」に関係しますが、昨日は調剤薬局チェーンのブースのオンパレードで、それぞれ説明する方もパワーポイントやパソコンを使って熱心に説明をされ、6年制の卒業生への期待が感じられましたが、その説明をそばで聞いていて興味があったのは新人教育や生涯教育です。各社とも新人教育やその後の研修体制等、当然ですが結構内容は充実しているで、さすがという感じでした。しかし、その教育や研修制度の中で、医療現場を見るということで注目して聞いていたのですが、病院や医療現場での再教育、チーム医療、というキーワードは数社だけですが、まずなかったようです。説明をされていたある会社の方にこの点を振ってみたのですが、話が合わなく、現状では致し方ないか、ということでした。
面白かったのは、病院薬剤師の紹介をするネットワークの会社も来ていました。他の医療職では最近インターネットで派手な求人や斡旋が目につきますが、そういう類ではないようで安心しましたが、沢山の学生が興味をもっていたようです。本学では病院薬剤師希望が多いので、それが表われているのでしょう、私にとっても関心度が高かったブースでした。
さて、この説明会は企業ということで、病院関係は来ていません。来年春に兵庫医科大関係の病院説明会があるのですが、それまでどうするのか、大学として大事な所です。病院希望の学生にはこの説明会だけでは不安になるのではと思い、また私も病院薬剤師希望の学生の夢を実現させないといけませんので、昼食時に臨時に学生に集まってもらいました。私から、これからの病院薬剤師就職対策について紹介しエールを送ると共に、全体的な話として調剤薬局の説明でも臨床現場での再教育はどうなっているか、聞いてみてはと伝えておきました。
本学の卒業生ということではなく、6年制を出た薬剤師の働くところはどうすべきか、医療関係者が皆で考えるべきことです。なかでも病院薬剤師枠の拡大、その為のレジデント制導入など、新たな対応策へのアクションがどんどん広まって欲しいとの思いを強くした日でした。

| ポーアイ便り::その他 | 06:33 | comments (x) | trackback (x) |
2011,12,20, Tuesday
今日は禁煙について書かせてもらう。大ボヤキです。
禁煙というと本学は敷地内と隣接する道路での喫煙は禁止しているが、なか進まない。建物内で隠れて吸う学生もいる。一方、教職員はいうと喫煙者(ニコチン依存症患者)は減らない。新政権でタバコ1000円に、ということで期待されたが、小宮山厚労相も腰砕けで実現せず。世の中不景気で、ストレスの多いことからか、喫煙者が減っている気配は感じられない。街中では若者も集まれば集団で吸っている。レストランやカフェでも分煙か何もしないところがまだまだ多い。路上喫煙禁止や禁煙地区のマークも無視され、本気で徹底させる気も行政にはないのでは。健康増進法が出来て禁煙活動が広まっているが、名前からしてインパクトが少ない。健康増進法ではなく、タバコ害防止法、とすべきである。西宮保健所町の薗潤先生には全然及ばないが、禁煙が進まないことや、タバコの副流煙や匂い、受動喫煙、で困っているので書かせてもらう。
最近、大学にはJRと三宮から大学への直行バスで行くことが多い。バス乗り場は三宮のそごう百貨店前にあるが、キャンパス行きのバス待ちは後発組なので歩道に列を作ることになる。この後方に喫煙場所がある。三宮地区は路上喫煙禁止地区であるが、どこも同じで喫煙者のための場所が設定されていて、バス停近くにある。なんとも喫煙者が喜ぶ便利な場所にある。禁煙の見回りの方もおられるようだが、朝の時間帯には見かけない。写真を載せますが、この時はまだ序の口です。この日は朝8時過ぎでまだ人は少ないですが、8時半過ぎになると大勢が職場に入る前に一服するので、溢れて歩道でも吸っている。歩行者は煙の中を通ることになるし、バス待ちの列にも臭いにおいが流れてくる。雨に日はコーナから離れて百貨店の軒下で吸っている。喫煙者は他人への迷惑という考えは微塵もないし、開き直って堂々としている。可哀そうにニコチン依存症ですね、女性ならきれいな服が臭くなるのに、と同情もしたいが、もうそういうことでなく、限度は越えている。二度ほど神戸市に、路上禁煙運動はどうなっているのか、喫煙場所の設置はいつまでやるのか聞いてみたが、管轄場所もはっきりしないし、その気もない。要は、喫煙者への気配りである。お役人は自分も吸うのできつくは出来ない、というのかと思ってしまう。喫煙を公に認める場所を作る限り禁煙活動は進まない。作るなら、囲ってしまって二次被害が出ないようにして、設置と使用費用は受益者負担ではどうか。三宮のような神戸の玄関口がこのようでは何が国際都市かと思う。一度、市長さんと大学関係者の懇談会で、禁煙についての話題があったが、学長さん方は何とか穏やかにという雰囲気。私は、皆さん、タバコを止められない人は愛煙家ではなくニコチン依存症患者ですよ、と言わせてもらった。皆さん笑っているだけ。以前であるが、近隣の学長さんの一人は、学内禁煙だが自分の研究室はOK,とかおっしゃっていたのを思い出す。
さて、タバコを止められない人はこそこそと隠れて、また圏外(全面禁止地区外)に出ていって吸っているが、問題は服に着いた匂いである。昨年のインサイダーのモデルのワイガンドさんの話でもあったが、服についたにおいは有害物質を含んでいて、それを「周りにまき散らしているのであって、二次被害をもたらしている。単に臭いのではない、健康被害をもたらしている。最近私は、タバコ臭い人と話をすると不快感で気分が悪くなる。2-30分は匂いが鼻についているので、気分不良が続いて大変迷惑である。服に匂いが染みついている人は、自分では慣れていて分からないから困る。座る席が決められている職場では、近くにそういう人がいても吸わないひとは我慢である。これは、職場の健康管理上も問題で、産業医の出番ではないか。医療系の大学で、学生に禁煙を教育しながら、教える側が吸っていては話にならない。吸っている人は、早く禁煙外来を受診してほしいし、服の匂いで周りに不快感と健康被害を出さないでほしい。
先日、スキーシーズンも近くなったので、大阪は梅田の有名なスポーツ専門店に行った。店員の若い男性に場所とかを聞いていたが、そばで説明を聞いているとタバコ臭いのである。あなた、タバコ吸ってるね、というと苦笑いしていた。普通なら気分の悪くなるのでもう結構ですと帰るところだが、何度も来れないのでしかたなく物探しを続けたが、帰りしなに上司と思われる女性が側にいたが、君、タバコ止めなさよ、と言ってしまった。二人とも笑っていたが、超一流の店でありながら、スポーツという健康増進を目指す職場で、店員にタバコの匂いがする服を着たまま接客させる姿勢が問われるのでは。年を取っておせっかい屋になったのかと思うが、タバコ臭いのはやりきれない。
服についたタバコの匂いが有害かどうかは、巷間議論がされているが、確実に受動喫煙であり、三次被害であると思っている。人体への被害という点ではデーターは無いかもしれないが、服には有害物資がニコチンとともに付いていることは証明されているはずである。匂いと共に有害物質が周囲にまき散らされているのである。
これ以上は薗博士に任せておくが、爽やかな気分で年末、年始を迎えたいと思う。
写真変更。 27日朝8時半、バス待ちの最後尾まで煙が流れてきてました。

禁煙というと本学は敷地内と隣接する道路での喫煙は禁止しているが、なか進まない。建物内で隠れて吸う学生もいる。一方、教職員はいうと喫煙者(ニコチン依存症患者)は減らない。新政権でタバコ1000円に、ということで期待されたが、小宮山厚労相も腰砕けで実現せず。世の中不景気で、ストレスの多いことからか、喫煙者が減っている気配は感じられない。街中では若者も集まれば集団で吸っている。レストランやカフェでも分煙か何もしないところがまだまだ多い。路上喫煙禁止や禁煙地区のマークも無視され、本気で徹底させる気も行政にはないのでは。健康増進法が出来て禁煙活動が広まっているが、名前からしてインパクトが少ない。健康増進法ではなく、タバコ害防止法、とすべきである。西宮保健所町の薗潤先生には全然及ばないが、禁煙が進まないことや、タバコの副流煙や匂い、受動喫煙、で困っているので書かせてもらう。
最近、大学にはJRと三宮から大学への直行バスで行くことが多い。バス乗り場は三宮のそごう百貨店前にあるが、キャンパス行きのバス待ちは後発組なので歩道に列を作ることになる。この後方に喫煙場所がある。三宮地区は路上喫煙禁止地区であるが、どこも同じで喫煙者のための場所が設定されていて、バス停近くにある。なんとも喫煙者が喜ぶ便利な場所にある。禁煙の見回りの方もおられるようだが、朝の時間帯には見かけない。写真を載せますが、この時はまだ序の口です。この日は朝8時過ぎでまだ人は少ないですが、8時半過ぎになると大勢が職場に入る前に一服するので、溢れて歩道でも吸っている。歩行者は煙の中を通ることになるし、バス待ちの列にも臭いにおいが流れてくる。雨に日はコーナから離れて百貨店の軒下で吸っている。喫煙者は他人への迷惑という考えは微塵もないし、開き直って堂々としている。可哀そうにニコチン依存症ですね、女性ならきれいな服が臭くなるのに、と同情もしたいが、もうそういうことでなく、限度は越えている。二度ほど神戸市に、路上禁煙運動はどうなっているのか、喫煙場所の設置はいつまでやるのか聞いてみたが、管轄場所もはっきりしないし、その気もない。要は、喫煙者への気配りである。お役人は自分も吸うのできつくは出来ない、というのかと思ってしまう。喫煙を公に認める場所を作る限り禁煙活動は進まない。作るなら、囲ってしまって二次被害が出ないようにして、設置と使用費用は受益者負担ではどうか。三宮のような神戸の玄関口がこのようでは何が国際都市かと思う。一度、市長さんと大学関係者の懇談会で、禁煙についての話題があったが、学長さん方は何とか穏やかにという雰囲気。私は、皆さん、タバコを止められない人は愛煙家ではなくニコチン依存症患者ですよ、と言わせてもらった。皆さん笑っているだけ。以前であるが、近隣の学長さんの一人は、学内禁煙だが自分の研究室はOK,とかおっしゃっていたのを思い出す。
さて、タバコを止められない人はこそこそと隠れて、また圏外(全面禁止地区外)に出ていって吸っているが、問題は服に着いた匂いである。昨年のインサイダーのモデルのワイガンドさんの話でもあったが、服についたにおいは有害物質を含んでいて、それを「周りにまき散らしているのであって、二次被害をもたらしている。単に臭いのではない、健康被害をもたらしている。最近私は、タバコ臭い人と話をすると不快感で気分が悪くなる。2-30分は匂いが鼻についているので、気分不良が続いて大変迷惑である。服に匂いが染みついている人は、自分では慣れていて分からないから困る。座る席が決められている職場では、近くにそういう人がいても吸わないひとは我慢である。これは、職場の健康管理上も問題で、産業医の出番ではないか。医療系の大学で、学生に禁煙を教育しながら、教える側が吸っていては話にならない。吸っている人は、早く禁煙外来を受診してほしいし、服の匂いで周りに不快感と健康被害を出さないでほしい。
先日、スキーシーズンも近くなったので、大阪は梅田の有名なスポーツ専門店に行った。店員の若い男性に場所とかを聞いていたが、そばで説明を聞いているとタバコ臭いのである。あなた、タバコ吸ってるね、というと苦笑いしていた。普通なら気分の悪くなるのでもう結構ですと帰るところだが、何度も来れないのでしかたなく物探しを続けたが、帰りしなに上司と思われる女性が側にいたが、君、タバコ止めなさよ、と言ってしまった。二人とも笑っていたが、超一流の店でありながら、スポーツという健康増進を目指す職場で、店員にタバコの匂いがする服を着たまま接客させる姿勢が問われるのでは。年を取っておせっかい屋になったのかと思うが、タバコ臭いのはやりきれない。
服についたタバコの匂いが有害かどうかは、巷間議論がされているが、確実に受動喫煙であり、三次被害であると思っている。人体への被害という点ではデーターは無いかもしれないが、服には有害物資がニコチンとともに付いていることは証明されているはずである。匂いと共に有害物質が周囲にまき散らされているのである。
これ以上は薗博士に任せておくが、爽やかな気分で年末、年始を迎えたいと思う。
写真変更。 27日朝8時半、バス待ちの最後尾まで煙が流れてきてました。

| 雑感 | 08:23 | comments (x) | trackback (x) |
2011,12,19, Monday
少し旧聞になりますが、お許しを。先週の金曜日でしたか、神戸は三宮で「神戸薬薬連携研究会」というのがあり、忘年会の予定もなかったので出席してきました。神戸大学病院薬剤部長の平井みどり教授が主催者で、病院薬剤師と薬局薬剤師の連携を図ろうという趣旨で始められたようで、そのキックオフの会でした。出かけた理由のひとつは、「外科医薬局にもどる」、や「薬剤師とバイタルサイン」で有名な挟間研治氏の特別講演があったからです。挟間氏は阪大第一外科出身の呼吸器外科医ですが、私が教授時代に教室から飛び出して転身?したユニークな医師?で、薬剤師界に新しい風を吹き込んでいます。本学でも学部や大学院で講義をしてもらっています。
さて、薬薬連携とは何か、ですが、これまで医療界では、病病とか病診、とかの連携が広まっています。大学病院とか基幹病院がその専門性の分担で相互に連携するのが病病連携、病院と地域の医師会や診療所と連携するのが病診連携で、ともに医療の最適化と効率化など患者さんに良い医療を提供するとともに、専門医や医療施設などの資源の有効活用、も大事な目標になっています。これ診は診療所に限らず、介護にも展開され、疾患によってはネットワークとか地域連携パス(大腿骨折など)を作って連携を図っています。そこには、連絡網の形成というネットワーク的なものだけでなく、医師も看護師もそれぞれの施設内での専門性や施設自体の方針や特徴を理解し、特定の分野では研究会や勉強会などでお互いの理解と知識や技術の向上を図っている状況です。しかし、実際、他の病院や診療所の医師や看護師が、大学病院や他の施設に出向く、ということはそう簡単ではありない。米国では開業医の方が病院に出向いて自分の紹介した患者さんを回診し、手術を行う、というシステムがありますが、我が国では大学病院で登録医制度が一部で行われているが、どれだけ活用されているか疑わしいです。
本題の薬薬連携は、病院薬剤師と薬局薬剤師間の連携であり、これまでほとんど顧みられていなかった所で、そこに切り込んで行こうとするものであると理解されます。現在、病院では院外処方が標準であり定着しています。即ち、病院での診察や治療が行われている間、薬について患者さんは調剤薬局に処方箋を持って行って、そこで問診等があって薬がもらえる。薬の副作用や薬の組み合わせで副作用が出たり効果が変わったりすることがあり、そこで薬剤師さんの役割が出てくる。しかし、診療所と近くの薬局では相互連携のパイプもあるかもしれなませんが、大病院とではそう簡単ではないでしょう。薬局薬剤師側は処方箋と患者さんの話だけからは、病気の程度とか治療の特徴などは判断は出来ないでしょう。ここに何らかのパイプを作るとして、問題は病院側の薬剤師はどう関与するかもあります。病院医師と薬局薬剤師の連携といっても、そもそも病院内で医師と薬剤師が同じ土俵で診療をしているかというとそうではない現実がります。
というと、病院薬剤師と薬局薬剤師の連携は何か?私なりに理解すると、それは個々の患者さんでどうこうというのではなく、お互いに薬剤師として新しい医療や薬物治療を理解し、また調剤委薬局での現場の苦労を病院薬剤師も理解し補完する仕組みとか、そういう趣旨で進めるものと理解されます。そこでは、定期的な勉強会だけではなく、例えば調剤薬局の薬剤師が病院での医療や薬剤師の役割を見学したり意見交換ができる場を作ることも大事ではないかと勝手に想像します。
挟間氏の講演では、薬剤師3.0時代ということで、アセスメント、判断、解決、の要素が入って来る時代になっている、という趣旨でありました。相変わらず、沢山のエールを送っていました。
まとめると、薬剤師がこれまでと違ったより医療に入り込もうとしているなかで、薬薬連携は一つの切り口かと感じました。また、医医連携はどうなってるのか、とも思ってしまいました。こんなことを感じながら、外に出るとルミナリエの真っ最中で沢山の人出でした。神戸もマラソン、ルミナリエと、ここしばらく話題が多いです。
さて、薬薬連携とは何か、ですが、これまで医療界では、病病とか病診、とかの連携が広まっています。大学病院とか基幹病院がその専門性の分担で相互に連携するのが病病連携、病院と地域の医師会や診療所と連携するのが病診連携で、ともに医療の最適化と効率化など患者さんに良い医療を提供するとともに、専門医や医療施設などの資源の有効活用、も大事な目標になっています。これ診は診療所に限らず、介護にも展開され、疾患によってはネットワークとか地域連携パス(大腿骨折など)を作って連携を図っています。そこには、連絡網の形成というネットワーク的なものだけでなく、医師も看護師もそれぞれの施設内での専門性や施設自体の方針や特徴を理解し、特定の分野では研究会や勉強会などでお互いの理解と知識や技術の向上を図っている状況です。しかし、実際、他の病院や診療所の医師や看護師が、大学病院や他の施設に出向く、ということはそう簡単ではありない。米国では開業医の方が病院に出向いて自分の紹介した患者さんを回診し、手術を行う、というシステムがありますが、我が国では大学病院で登録医制度が一部で行われているが、どれだけ活用されているか疑わしいです。
本題の薬薬連携は、病院薬剤師と薬局薬剤師間の連携であり、これまでほとんど顧みられていなかった所で、そこに切り込んで行こうとするものであると理解されます。現在、病院では院外処方が標準であり定着しています。即ち、病院での診察や治療が行われている間、薬について患者さんは調剤薬局に処方箋を持って行って、そこで問診等があって薬がもらえる。薬の副作用や薬の組み合わせで副作用が出たり効果が変わったりすることがあり、そこで薬剤師さんの役割が出てくる。しかし、診療所と近くの薬局では相互連携のパイプもあるかもしれなませんが、大病院とではそう簡単ではないでしょう。薬局薬剤師側は処方箋と患者さんの話だけからは、病気の程度とか治療の特徴などは判断は出来ないでしょう。ここに何らかのパイプを作るとして、問題は病院側の薬剤師はどう関与するかもあります。病院医師と薬局薬剤師の連携といっても、そもそも病院内で医師と薬剤師が同じ土俵で診療をしているかというとそうではない現実がります。
というと、病院薬剤師と薬局薬剤師の連携は何か?私なりに理解すると、それは個々の患者さんでどうこうというのではなく、お互いに薬剤師として新しい医療や薬物治療を理解し、また調剤委薬局での現場の苦労を病院薬剤師も理解し補完する仕組みとか、そういう趣旨で進めるものと理解されます。そこでは、定期的な勉強会だけではなく、例えば調剤薬局の薬剤師が病院での医療や薬剤師の役割を見学したり意見交換ができる場を作ることも大事ではないかと勝手に想像します。
挟間氏の講演では、薬剤師3.0時代ということで、アセスメント、判断、解決、の要素が入って来る時代になっている、という趣旨でありました。相変わらず、沢山のエールを送っていました。
まとめると、薬剤師がこれまでと違ったより医療に入り込もうとしているなかで、薬薬連携は一つの切り口かと感じました。また、医医連携はどうなってるのか、とも思ってしまいました。こんなことを感じながら、外に出るとルミナリエの真っ最中で沢山の人出でした。神戸もマラソン、ルミナリエと、ここしばらく話題が多いです。
| ポーアイ便り::医療問題 | 07:15 | comments (x) | trackback (x) |
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