家族承諾のみの臓器提供続く
     改正臓器移植法が実行されて1カ月経たないうちに、本人の書面での意思表示がない方からの脳死下臓器提供が実現したことを先日書かせてもらった。本人が生前に、万が一の時は提供して良いという意味の口頭での意思表示があったことが背景にあった。各報道で口頭での意思表示があったことが強調されていたことについて、先のブログで意見を述べさせてもらったが、その後続いて2例の提供が有あった。ともに本人の意思は口頭でもなかったが家族が提供に同意されたのである。本人の意思不明でも家族が代弁して提供を決められる今度の法律ならではの提供である。マスコミの報道は概ね好意的であるが、家族が厳しい判断を迫られることが強調されている。それでも、一般には脳死や臓器提供について懐疑的な方が多いのではと想像されていたが、決してそうではないことが示された。誰かに役に立てればいい、どこかで生きていればいい、という家族の願いは力強い。この連続した提供は、社会の臓器提供への理解を深めていくと思われる。臓器移植法改正での議論を振り返ると、「案ずるより産むが易し」という感じである。
ここで、先ほど日本移植者協議会の大久保理事長からメイルで送られてきた声明文を載せさせてもらう。東京、名古屋、大阪の報道機関におくられたということです。



平成22年8月23日
声  明

特定非営利活動法人日本移植者協議会

 この度、改正臓器移植法施行後3回目の脳死臓器提供が行われました。
これは、施行後初めて書面による意思表示がない家族承諾での脳死下臓器提供が行われてから、2週間も経ずして2回目の提供があったことになります。
 私たちは移植者として、これらのご家族の尊い決断に対し心から敬意を表すると共に、ご提供者のご冥福をお祈り致します。
 当協議会は、常に臓器提供者及び提供家族が尊敬され、称えられる社会の形成なくして臓器移植の普及はないと訴えてきました。また私たちは様々な機会に臓器提供家族のケアーとフォローの重要性を訴えてきました。そのための活動として臓器提供者の感謝の集いであります「生命(いのち)・きずなの日記念祭」と「臓器提供者慰霊祭」を最も重要な活動の一つとして毎年行って来ました。
 今回の脳死下臓器提供にあたり、日本臓器移植ネットワークを初め各県のコーディネーター及び関係医療機関は、提供者ご家族の意思を尊重すると共に、十分な配慮がなされたことと思います。
しかしながら提供者ご家族にとっては、提供の時点より遥かに長い年月をこれから過ごさなければなりません。
 今後関係者は、このご家族たちが心穏やかに、後悔されないよう最善の努力をしなければなりません。特に今回の2回の脳死下臓器提供は、本人意思不明で家族承諾によって提供されました。これらの方々には、より一層のケアー、フォローが必要です。
 私たちが以前から提言していますように、まず日本臓器移植ネットワークに提供者ご家族に対応する専門のコーディネーターを各支部に置く必要があります。そして長期的に提供者ご家族をケアー、フォローする独立した機関を設置する必要があります。いまこそ臓器提供者ご家族への体制整備が急務です。これは日本臓器移植ネットワークだけでなく、国を挙げて取り組まなければならない緊急の課題です。
 臓器移植において、最も大切にしなければならないのは、臓器提供者とそのご家族です。今回の臓器提供におきましても、メディアによっては慎重派の意見として、ともすると提供者ご家族を批難中傷する言葉も見受けられました。報道機関におかれては、世論調査結果に基づいた公平な報道を願うものです。臓器提供は、法律で認められた権利です。いまメディアも含め社会がこのご家族たちの意思を尊重し温かく見守って欲しいと思います。
NPO日本移植者協議会理事長 大久保 通方
| 雑感 | 23:58 | comments (x) | trackback (x) |
   ロードバイク1000Km走破
お盆休みに合わせて大学はキャンパス(建物)を完全閉鎖している。本年は今日から4日間、最低限のガードマンだけで、教職員、学生は誰も校舎内には入れない。省エネと教職員がまとめて休みをとる、という趣旨で開学以来行っている。私は例年この時期にどこかへ出かける習慣もなく、今年ものんびりさせてもらっている。
といっても、最近凝っていいるサイクリングがどうしても疎かになっているので、この休み熱中症に気をつけながら、遅れを取り戻そうとしている。実際、この土曜から今日(16日)まで3日連続で頑張った。愛車はエディーメルクス(写真)。前にも紹介したが昨年7月に思い切ってこの格好いいロードバイクに変えて以来、冬の寒い時はサボっていたが、何とか1年が過ぎた。ほとんど手入れをしていなかったり、転んでハンドルが少し歪んでいる風でもあり、1年目のオーバーホールをしてもらった。変速機も油で黒くなっていたのがピカピカになり、ハンドルを巻いているテープも巻きなおし、新車気分である。
ロードバイクは、走行速度や走行距離、平均時速、積算距離などがハンドル中央のメーターで出てくる。さて積算走行距離であるが、この3月に800kmになり,以外に頑張って走ったなーと自分で感心していた。そろそろ大台が近付いてきたので注意しながら乗っていたが、今日は1000km走破の記念となる日となった。朝から夙川経由で武庫川河川敷まで行って、途中でメーターをみると丁度1000km(正確には1000.6km)、携帯のカメラで接写したものを紹介する(写真参照、証拠写真)。気分を良くして頑張って今日のトータルは丁度50km。何度か水分補給と休憩で、倒れず、転ばすに何とか家にたどり着いた。約3時間半、この暑い中、歳も考えずに無茶な話、と言われそうだが、気分は爽快で、達成感がまたいい。
丁度1年でこの距離はまあ頑張った方と自分で納得している。これからどう進化させるか?期待し体重は減らず、弱ってくる脚力や体力、そして気力と相談し、そしてなにより時間と気分的余裕を作ってこのスポーツをもっと楽しめればと思っている。まだ暑い最中、あまり涼しくもない話で失礼しました。

| 雑感 | 16:48 | comments (x) | trackback (x) |
 臓器移植の新た一歩
 昨日は、臓器移植法が改正されて初めての脳死での臓器提供があった。従来の法律では本人の生前の書面での意思表示と家族の同意が必須であったが、昨月から施行されている新しい法律では本人の意思が不明の時は家族の判断で提供できるようになった。今回の提供は書面なしで家族の承諾であり、まさに新しい仕組みでの脳死判定と臓器提供で、新たな第一歩とマスコミ報道も熱がこもっていた。法律が変わって書面での意思表示がない場合の臓器提供は、小児もそうであるが、社会的に関心が高いがために過激な報道になるであろうが、提供家族や病院が困惑しないよう暖かく見守って欲しい、第一例を大事にしてほしい、それが新しい法律が生かされるキーである、と関係者は願っていた。
11年前の高知での提供を思い出すが、マスコミの対応はこの新しい仕組みの提供が後も続くかどうかが掛って来る。今回もかなりの報道がなされているが、提供病院での記者会見騒動はなく、粛々と進んでほっとしている。とはいえ、まず勇気ある家族の決断は尊敬されてしかるべきである。今回の提供はご本人が生前に口頭で脳死での臓器提供の意思を家族に伝えてあったことが報道されている。全く意思表示がないケースで家族が独自に判断する場合の前に、この準書面での意思表示、は新たな第一歩としては理想的であったかもしれない。とはいえ、報道で幾つか気になったことがある。
まず、本人の意思が口頭であった、といことが強調されている。確かにその意味は大事で、家族の判断の拠り所になっている。しかしそこを周囲が追求することが果たして本質であるのか。あたかも、新たな法律でも生前の何らかの意思表示が前提であるかのように社会は判断するのではないか。そこに拘るのは家族であって、周囲、特に厚労省や関係機関が、この点を取り上げるのはどうかと思う。かって前の法律が出来る過程で、家族の忖度、ということが議論され、結局旧法ではそれが退けられ、書面での意思表示となったことが思い出される。口頭での話しを含め、本人はそういう事態になったらたぶん同意するであろう、ということで、これまでの家族の絆や本人の価値感、人生観、など総合して、残された遺族が判断する、ということと思っている。
    次は、さっそく検証するとか、家族が同意に至った経緯を明らかにせよとか、である。なぜそう懐疑的に対応するのか不思議でならない。ネットワークのコーディネーターの役割が今回は大変大きかったであろうが、彼らや提供病院の医師団は、この社会や行政の判断をどう見るであろうか。現場をもっと信頼してあげて欲しい。他の病院や社会の人も、意思表示のないケースでの提供は今まで以上に大変だと感じるのではないか心配である。何事も最初が大事とは言え、法律のもとでの脳死判定や臓器提供はもう80例以上行われている。現場のこの10年の努力、経験、蓄積をもっと大事にして欲しいと思う。
 とはいえ、臓器移植の新たな一歩であり、この経験が後に続いてくれることを切に願っている。また移植手術がすべて順調に行われたように、我が国の移植医療のレベルの高さも特筆されていいのではないか。
臓器提供された方のご冥福を祈り申し上げますと共に、ご遺族の決断に改めて敬意を表したいと思います。


| 雑感 | 07:27 | comments (x) | trackback (x) |
  オープンキャンパスと神戸花火大会
昨日と今日はオープンキャンパス(OC)の第一弾。猛暑の中、高校生が友人とまたは家族とともに集まってくれました。ポーアイの地でのOCは4回目で、午後1時から全体説明会に始まり、各学部別のイベントや説明会がキャンパス内で行われる。今年は手伝いの学生が多く来てくれて、盛り上がっていた。学生が着ているのは大学のTシャツで、いつものブルーに今年は背中に大きなUHUS 2010が書かれている。受験生も在学生から情報を得たり、勉強の仕方を聞きだしたりで、教員の話よりも説得性がある。全体に昨年より賑やかで、大学としてはほっとしているところ。
昨日は丁度「みなとこうべ海上花火大会」で、OCの後そのまま残って、7時半からの花火を楽しんだ。今年は40回記念とかで1万発を打ち上げるということで、沢山の市民がポーアイ側に来られる。大学が連なる海側ゾーンの海側の「潮さい公園」が人気である。神戸港のメリケンパーク沖の海上から打ち上げるので、対岸の大学が並んだこの海岸公園は絶好の観覧場所である。我々の大学の前にある遊覧船の待合所の上のデッキは一段高く、本格的なカメラマンがずらっと並んでいる。今年は市がバスサービスをやっていて、沢山の見物客を運んでくるので大変な人出である。全部で22万人以上とかで、ポーアイ側はどの位か。ポーアイ側も年々人が多くなっている。毎年この花火の時は、神戸学院ともどこ大学のキャンパスが海岸の公園ゾーンと連続しているため、市民の方々が大学内に入って来れないように警備がなされる。普段はオープンであるキャンパスも、この時は申し訳ないが管理上そうはいかない。でも、市民の皆さんはマナーがよく、警備の方の指示に良く従ってもらっている。有難いことです。
昨年は新型インフルエンザ騒動で国が神戸市に迷惑をかけた償いに、この花火への追加予算がついて、いつもより沢山の花火が打ち上げられたことを思い出します。でも今年も結構の数と、それより目を見張るような大型花火や、趣向をこらした美しい花火が多く、素晴らしい出来だったと思います。素人写真を載せさせてもらいます。
もう立秋、でもまだまだ暑い日が続きます。これからお盆休みに入りますが、皆さん暑さ負けしないようお願いします。大学もやっと夏休みに入ります。

| ポーアイ便り::その他 | 06:47 | comments (x) | trackback (x) |
 特定看護師制度、その後
医療界での最近の話題の一つに特定看護師(仮称)があることはすでに紹介した。厚労省が開いた「チーム医療の推進に関する検討会」の答申に出て来たものである。従来の看護師の役割を拡大し、医師との協働を進めるための提案で、未だ仮称であるが前向きに検討が始まっている。医師不足や、何でも医師が中心のからの脱皮、チーム医療の推進等が背景にある。これの関連したこれまでの動きの中で、診療看護師制度と言う名称が出、米国のナースプラクティショナー(NP)を想定した考えや、業務範囲の拡大なのか、看護師の新たな職種をつくるのか、など議論がなされてきたが、未だ明確な方向性が見られない。ただ、NPではなく、新た職種でもなく、法律を変えずに医師の包括的指示のもとで役割の拡大を目指す、と言うところでは纏まっている、と理解している。
つい最近になって、厚生労働省が、特定看護師の教育は大学院が中核となると想定して、どういう教育・育成制度がいいか、関係の所に調査に乗り出した。そのなかで、特定看護師にやってもらえる医行為は何か、という調査が目につく。これまでの看護師さんの役割は、法律で決まっていて、「療養の世話」と「診療の補助」、である。如何にも古色蒼然として時代に合わない。改革も遅きに失した感もある。とはいえ、これまで、採血や静脈注射、気管内吸引、薬剤の静脈投与量の調節、などが既に認められているが、これらは局長通達、と言われるものである。
さて先週であるが、大阪で日本看護教育学学会があって、そのなかで、緊急特別企画として、特定看護師制度が取り上げられていた。厚労省の担当官、看護協会代表、看護系大学協議会幹部、がパネリストであった。纏まって話が聞け、自分なりに理解が進むと思って日曜の午前であったが大阪国際会議場に出かけた。中くらいの部屋であるが、座れない人も出るくらい盛会であった。看護師さんの関心の高さにびっくりした。看護師の役割が大きく変わろうとするなかで当然ではあるが、どういうものが出来るのか、期待半分不安半分、と言ったところか。また大学院に携わっている方々は、乗り遅れまいとするのか。
発表の方々は皆さんベテランで、上手く論点をまとめ、司会の方もうまくリードし、内容の濃いパネルであった。とはいえ、発表者はこの制度への三者三様の解釈で、それぞれの方向性が纏まったり離れていたり、これからどう進めていくのか、厚労省の調査事業も、もう一つインパクトに欠ける感じであった。
論点を整理して私見を述べると、①看護協会や看護系大学協議会が目指す方向がまだ統一されていない、②法律を変えないと意味がないという考えが看護協会にある、③専門看護師制度を担当しその将来像として高度実践看護師を描いている看護系大学協議会は、自分たちの描いてきた制度とどう整合性をもたせるか戸惑っている、④フロアーからも質問があったが、総合的なハイレベルの看護師なのか、ある領域に特化させるのか{例えば特定看護師(xx領域)}なのか見えてこない、等である。まだまだ手探り状態といった感じであった。なかで一番気になったのは、関心が(話が)医行為をどう拡大できるかに走りすぎている、ということである。チーム医療のなかでの役割拡大(分担)をどういう枠組みで進めるのか、という本質の議論が後回しになっているのではないか。医行為の拡大ばかりに目が向くと話が狭くなって、これまでの局長通達とどう違うの、なぜ特定看護師なの、といった素朴な疑問が出てくる。そんなことは分かっています、という声が聞こえて来そうですが、敢えて言わせてもらいました。

| ポーアイ便り | 11:43 | comments (x) | trackback (x) |

  
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