2012,05,21, Monday
今朝は金環日食が日本列島の広範囲で見られるということで、国を挙げてこの素晴らしい天体ショーに沸いていたようです。兵庫県でも朝の6時過ぎから欠けだして金環食になったのは午前7時30分の数分前。幸い天候には恵まれ、少し雲に遮られた時もりましたが、肝心の金環食の時は雲も薄れて、多くの人が観察できたようです。小生も前もって手に入れた日食グラスを持って山の方に朝の散歩に出かけ、日の当たると所々で観察しながら、丁度金環食の時に自宅まで戻り、僅かにある日の当たるところでじっくり観察できました。添付の写真は木漏れ日が映し出したほぼリング状の太陽です。実際見てみると何とも優雅な感じで、また楽しいものでした。思わず写真、ということであまり良く撮れていませんが載せることにしました。
気の遠くなるような年月をおいて現れるこの天体ショーを次回も見ようとは思わないし、見れるわけはないのですが、そういう何十年や何百年に一回、ということには実際あまり関心が向かなかったのです。それより、こういう自然現象が現れる宇宙の不思議、またそれを予想するコンピューター天文学の凄さ、そして地球はなんといっても太陽、お日様、に依存していること、などに思いを馳せていました。新聞の解説で、400倍の大きさの太陽を月が何故隠せるのかといったら、月と太陽の距離は地球と月のそれの400倍だからという。宇宙は何と気の利いたことをしていると思ったりしているが、実は昔の理科で習ったことをすっかり忘れているようです。
また、特殊メガネで見る太陽は意外と小さく感じるのでは。夕日が沈む時には大変大きく見えることは大気での屈折のせいだし、目で見ることが出来る。しかし、昼間の太陽は目で見れないし、凄く光り輝いているので実際より大きく見えて(思って)しまうのでは。もし月から反対に我々の所を見ていたら、日食のときはどう見えるのか、黒い点になるのか暗くなっているだけなか。こんなことを書いていると、それこそ理科の復習をしなさいと言われそうなので、もう止めておきますが、天文学は面白そうですね。本学の天文学博士の加藤先生のお話が楽しみです。
天文学の話はもとより、平家物語での日食の逸話や、一千年以上前からの中国の暦作りの話など、しばらくはこの天体ショーの余韻を楽しみたいと思います。

気の遠くなるような年月をおいて現れるこの天体ショーを次回も見ようとは思わないし、見れるわけはないのですが、そういう何十年や何百年に一回、ということには実際あまり関心が向かなかったのです。それより、こういう自然現象が現れる宇宙の不思議、またそれを予想するコンピューター天文学の凄さ、そして地球はなんといっても太陽、お日様、に依存していること、などに思いを馳せていました。新聞の解説で、400倍の大きさの太陽を月が何故隠せるのかといったら、月と太陽の距離は地球と月のそれの400倍だからという。宇宙は何と気の利いたことをしていると思ったりしているが、実は昔の理科で習ったことをすっかり忘れているようです。
また、特殊メガネで見る太陽は意外と小さく感じるのでは。夕日が沈む時には大変大きく見えることは大気での屈折のせいだし、目で見ることが出来る。しかし、昼間の太陽は目で見れないし、凄く光り輝いているので実際より大きく見えて(思って)しまうのでは。もし月から反対に我々の所を見ていたら、日食のときはどう見えるのか、黒い点になるのか暗くなっているだけなか。こんなことを書いていると、それこそ理科の復習をしなさいと言われそうなので、もう止めておきますが、天文学は面白そうですね。本学の天文学博士の加藤先生のお話が楽しみです。
天文学の話はもとより、平家物語での日食の逸話や、一千年以上前からの中国の暦作りの話など、しばらくはこの天体ショーの余韻を楽しみたいと思います。

| ポーアイ便り | 21:58 | comments (x) | trackback (x) |
2012,05,19, Saturday
昨日は新入生の合同講義、医療科学概論、の座学としての最終日であった。私は二つの出番があって、その辺りは前々回に紹介したが、残る「先進医療と生命倫理」を昨日行った。副題が、臓器移植、ということで、心臓や肺の移植を紹介しながら、脳死からの臓器移植の歴史、我が国ではどうなっているのか、生体からの移植の問題点、などが内容である。これまでは、私が大阪大学の時に出した、「命のリレー(阪大出版会 2001)」のコピーを配っていたが残りが少なくなり、今年は臓器移植ネットワークに頼んで、ニュースレターと意思表示カードのついたパンフレット、を講義資料とともに配布した。大学院の講義でも使うので、いろいろな講義に備えて臓器移植のニュースやデーターはアップしているが、今回は改めて臓器移植法改正後、どうなったか調べてみたので、その辺りも紹介したい。
心臓移植については学生に札幌医大での和田移植の話しても、何しろ40年以上前でありインパクトもなさそうであるが、定番であり触れておいた。それより、1999年の心臓移植再開の話も、自分のことになるのであまり好きではないが当時の新聞記事での私の若かりしころの写真を見せても、あまり反応は感じられない。これ自体もう10年以上前で学生諸君は殆ど小学生にもなっていない時であり、これまた昔話の類に入る。まあ、仕方がないが、現場から離れて大分なるので臨場感が乏しくなってくるのは自分自身としても寂しい気がする。ということで、心臓移植ではどうしても人工心臓の話をしておかないといけないので、今回はJarvikハートの植え込みの時のビデオを途中の目覚まし的に紹介した。左室内に小型ポンプを挿入するときには心臓は拍動中であり出血させながらの操作でかなりな生しい。先進医療の紹介にもかねてである。
さて、脳死での臓器提供は累積でこれまで174件となっている。心臓移植も128例になった。法的脳死判定は2010年の新法実施までは86件であったから、この2年弱で約90件とかなり増えている。年にすると45件であり、それまでのせいぜい10数件から見ると4-5倍である。この辺りにはそれまでの脳死で心停止から腎臓を提供された数から予想されていたものである。しかし、ここで注目すべきは、本人の意思表示無く家族の同意での提供が71件(5月10日まで)と大半を占めている。法改正後の88件中の71であり、カード所持はかなり少ない。意思表示カードが健康保険証とか自動車運転免許証の裏に印刷されてまだ期間も浅いが、カード所持からの提供で言うと、以前より少ないと言える。というか、本人の意思があっても家族の判断で決まるので、情報として日本臓器移植ネットワークが受けた中でのカード所持率のことが知りたい。とはいえ、この辺りが、我が国での臓器移植がなかなか進まない背景を示している。
今回、ドナーコーディネーターの方に少し話す機会がったが、救急病院側の移植への意識はかなり高くなっていて、臓器提供の説明はかなりの頻度で出向いているようである。その状況はまさに年間50例にも達しようとしていることで明らかである。今後はこの50例という壁をどう乗り切り、年間100例まで持って行けるか、関係者の正念場の時ではないかと思う。その一つ、といっても根幹と思っているが、ドナーコーディネーターの増員である。中央の日本臓器移植ネットワークでのコーディネーター枠は倍増されているが、肝心ともいえる各地区や救急病院での配置が依然として大変寂しいままである。中央は厚生労働省、都道府県は総務省管轄という縦割り行政であり、後者の都道府県は予算面でコーディネーターを増やす状況にはなく、減らしかねないのである。ここはドナーコーディネーターを置く仕組みを変えないと進まない。スペインという移植大国の例から、ドナーコーディネーターの働きがキーであることは世界の常識になっている。私は以前ネットワークの理事会で、社会実験としてある地区にドナーコーディネーターを試験的に増員させる案を提案しが、実現されなかったことを思い出す。
ついでにもう一つの課題を紹介すると、家族への優先提供である。新しい法律ではこの家族への優先提供が認められている。身内への腎臓の優先提供も行われている。優先提供が出来るということでカードの普及に役立つという趣旨もあったのかと思うが、これについては関係者でかなりの議論があった後に政治的に入ったと記憶している。そもそも臓器提供はその人の臓器を死後に社会に提供して、だれか分からない移植希望者に送る、という善意の提供であり、優先提供はそのなかで微妙な立場を作ってしまう。実際に優先提供の意思があっても、該当者がいなければ通常の親族以外への提供になればいいのだが、そうは行かない場合が出てくる。親族優先提供はそもそも実現する機会は大変少ないわけであり、そういう場面になった時の残された家族としての判断は重いと思う。優先提供しかない、ということで認められた制度ではないことを社会が知ってほしいところでもある。
さて、講義は日本臓器移植ネットワークからもらった啓発ビデオを使ったりして90分の講義であるが最後は時間切れになり、生命倫理という切り口での所は端折ってしまったが、生命倫理は専門の教員がいるので、そちらに任すことにした。
臓器移植のテーマも暫くなかったと思うので書かせてもらった。又か、と思われるかもしれないが、それなりに新しい話も入れさせてもらったつもりである。
心臓移植については学生に札幌医大での和田移植の話しても、何しろ40年以上前でありインパクトもなさそうであるが、定番であり触れておいた。それより、1999年の心臓移植再開の話も、自分のことになるのであまり好きではないが当時の新聞記事での私の若かりしころの写真を見せても、あまり反応は感じられない。これ自体もう10年以上前で学生諸君は殆ど小学生にもなっていない時であり、これまた昔話の類に入る。まあ、仕方がないが、現場から離れて大分なるので臨場感が乏しくなってくるのは自分自身としても寂しい気がする。ということで、心臓移植ではどうしても人工心臓の話をしておかないといけないので、今回はJarvikハートの植え込みの時のビデオを途中の目覚まし的に紹介した。左室内に小型ポンプを挿入するときには心臓は拍動中であり出血させながらの操作でかなりな生しい。先進医療の紹介にもかねてである。
さて、脳死での臓器提供は累積でこれまで174件となっている。心臓移植も128例になった。法的脳死判定は2010年の新法実施までは86件であったから、この2年弱で約90件とかなり増えている。年にすると45件であり、それまでのせいぜい10数件から見ると4-5倍である。この辺りにはそれまでの脳死で心停止から腎臓を提供された数から予想されていたものである。しかし、ここで注目すべきは、本人の意思表示無く家族の同意での提供が71件(5月10日まで)と大半を占めている。法改正後の88件中の71であり、カード所持はかなり少ない。意思表示カードが健康保険証とか自動車運転免許証の裏に印刷されてまだ期間も浅いが、カード所持からの提供で言うと、以前より少ないと言える。というか、本人の意思があっても家族の判断で決まるので、情報として日本臓器移植ネットワークが受けた中でのカード所持率のことが知りたい。とはいえ、この辺りが、我が国での臓器移植がなかなか進まない背景を示している。
今回、ドナーコーディネーターの方に少し話す機会がったが、救急病院側の移植への意識はかなり高くなっていて、臓器提供の説明はかなりの頻度で出向いているようである。その状況はまさに年間50例にも達しようとしていることで明らかである。今後はこの50例という壁をどう乗り切り、年間100例まで持って行けるか、関係者の正念場の時ではないかと思う。その一つ、といっても根幹と思っているが、ドナーコーディネーターの増員である。中央の日本臓器移植ネットワークでのコーディネーター枠は倍増されているが、肝心ともいえる各地区や救急病院での配置が依然として大変寂しいままである。中央は厚生労働省、都道府県は総務省管轄という縦割り行政であり、後者の都道府県は予算面でコーディネーターを増やす状況にはなく、減らしかねないのである。ここはドナーコーディネーターを置く仕組みを変えないと進まない。スペインという移植大国の例から、ドナーコーディネーターの働きがキーであることは世界の常識になっている。私は以前ネットワークの理事会で、社会実験としてある地区にドナーコーディネーターを試験的に増員させる案を提案しが、実現されなかったことを思い出す。
ついでにもう一つの課題を紹介すると、家族への優先提供である。新しい法律ではこの家族への優先提供が認められている。身内への腎臓の優先提供も行われている。優先提供が出来るということでカードの普及に役立つという趣旨もあったのかと思うが、これについては関係者でかなりの議論があった後に政治的に入ったと記憶している。そもそも臓器提供はその人の臓器を死後に社会に提供して、だれか分からない移植希望者に送る、という善意の提供であり、優先提供はそのなかで微妙な立場を作ってしまう。実際に優先提供の意思があっても、該当者がいなければ通常の親族以外への提供になればいいのだが、そうは行かない場合が出てくる。親族優先提供はそもそも実現する機会は大変少ないわけであり、そういう場面になった時の残された家族としての判断は重いと思う。優先提供しかない、ということで認められた制度ではないことを社会が知ってほしいところでもある。
さて、講義は日本臓器移植ネットワークからもらった啓発ビデオを使ったりして90分の講義であるが最後は時間切れになり、生命倫理という切り口での所は端折ってしまったが、生命倫理は専門の教員がいるので、そちらに任すことにした。
臓器移植のテーマも暫くなかったと思うので書かせてもらった。又か、と思われるかもしれないが、それなりに新しい話も入れさせてもらったつもりである。
| ポーアイ便り::医療問題 | 10:11 | comments (x) | trackback (x) |
2012,05,07, Monday
今年の春の大型連休も終わりました。1,2日の合間も休めば1週間以上にもなり、昨年の東北大震災と原発事故以後なかなか気分が晴れず社会の閉塞感が続く中で久しぶりに社会に活気を呼んでくれたようです。一方では悲惨な事故も相次ぎました。関東の高速道路での悲惨なバス事故では、運転手が一人でたくさんのお客さんを乗せて600kmも続けて走るという安全管理という面では信じられないようなことも報じられている。医療での安全管理では睡眠不足になるような連続した仕事は事故につながるという常識があり、就業規則で連続する勤務時間が制限されている。このバス事故といい、JRの尼崎脱線事故と言い、労務管理の面ではまだまだ問題が多いようである。利益優先より人優先を改めて感じる。
一方では自然に対する人間の弱さもまた繰り替えされている。日本アルプスでの高齢者の遭難、さらに最後は竜巻と、どうしてこんなことが続くのか。茨城の竜巻で一瞬のうちに家や町が破壊された映像は阪神大震災の再現かと思うほどである。日本でこれほど強烈な竜巻が起こるということも驚きである。米国では竜巻が良く起こって予報や対策も立てられているようだが、突然襲うこの猛威には国が違ってもお手上げである。かって米国はミシガン州の病院を訪問中であったが、竜巻情報が出た。サイレンと共に、街に出るな、ホテルや病院では窓から離れて安全確保をしろ、というアナウンスであった。幸い、軽いもので急な雨でずぶぬれになっただけで済んだのを思い出す。
連休の後半では山での遭難が続いた。穏やかな天気の中で残雪を踏んでの春山登山が、天候の急変で一挙に吹雪になる。白馬連峰での遭難は痛ましい。九州からの医師のグループが低体温症で全員死亡という。自然を甘く見たのでは、無理をせずに引き返す勇気が大事、という何度も繰り返される記事である。遭難事故は別にして、この白馬岳は私には懐かしい所である。と言っても登山ではなく春スキーである。今回の遭難でTVが報道していた登山口の栂池高原とゴンドラは馴染みがある。毎年とはいかないが、5月の連休は野沢か八方尾根に春スキーに出かかけていて、一昨年であったか、白馬村からの帰りに栂池に寄った。ここはかって大学時代に合宿でお世話になった所である。麓はもう雪はないが、遠く白馬連山が雪をかぶって素晴らしい眺めであった。昔お世話になった民宿に立ち寄って、当時の若いお嫁さんと再会し、今はおばあちゃんですが、昔話をして帰ったのですが、今年は春スキーはなしに終わりました。
栂池では今はゴンドラとロープウエイを乗り継ぐと栂池自然園と言われる湿地帯に行けます。標高1900mにあり、その昔は神の田圃といわれ、早稲田や成城の山小屋があり、水芭蕉の咲く湿地帯で、その傍らに阪大の山岳部、ワンゲル部、スキー部が寄って山小屋を作っていました。ゴンドラはなく、春は麓から歩いては雪が残る栂池小屋まで行き、そこをベースにスキーを担いで2-3時間かけて天狗平という所まで上がり、後は一気に神の田圃まで滑っておりてくるという春スキーを満喫した思い出があります。今も春スキーが楽しめる所ですが、一歩間違うと大変なことになるという、山の怖さも持っていることを昔を懐かしみながら改めて感じた次第です。
余談ですが、神の田圃(今は栂池自然高原)の阪大小屋はそれぞれの部員たちが資金を集め、建築の時は荷揚げを手伝った思い出の場所ですが、その後阪大に移管し学生にオープンしていました。しかし老朽化が進み、10数年前だったか阪大在職中に文科省が危険建物に指定したので撤去するという連絡が阪大本部からありました。久しぶりに訪れたら、雪に押されて柱がゆがんでいて、改築する予算もなく、残念ながら撤去となりました。本部から、設立の三部を代表して私に判を付け、と言われ開設から撤去までお付き合いしたことになったのです。
ということで、私の大型連休は予定していた米国胸部外科学会も事情でキャンセルし、春スキーもなく、せいぜい近場に自転車、ということで終わりました。
一方では自然に対する人間の弱さもまた繰り替えされている。日本アルプスでの高齢者の遭難、さらに最後は竜巻と、どうしてこんなことが続くのか。茨城の竜巻で一瞬のうちに家や町が破壊された映像は阪神大震災の再現かと思うほどである。日本でこれほど強烈な竜巻が起こるということも驚きである。米国では竜巻が良く起こって予報や対策も立てられているようだが、突然襲うこの猛威には国が違ってもお手上げである。かって米国はミシガン州の病院を訪問中であったが、竜巻情報が出た。サイレンと共に、街に出るな、ホテルや病院では窓から離れて安全確保をしろ、というアナウンスであった。幸い、軽いもので急な雨でずぶぬれになっただけで済んだのを思い出す。
連休の後半では山での遭難が続いた。穏やかな天気の中で残雪を踏んでの春山登山が、天候の急変で一挙に吹雪になる。白馬連峰での遭難は痛ましい。九州からの医師のグループが低体温症で全員死亡という。自然を甘く見たのでは、無理をせずに引き返す勇気が大事、という何度も繰り返される記事である。遭難事故は別にして、この白馬岳は私には懐かしい所である。と言っても登山ではなく春スキーである。今回の遭難でTVが報道していた登山口の栂池高原とゴンドラは馴染みがある。毎年とはいかないが、5月の連休は野沢か八方尾根に春スキーに出かかけていて、一昨年であったか、白馬村からの帰りに栂池に寄った。ここはかって大学時代に合宿でお世話になった所である。麓はもう雪はないが、遠く白馬連山が雪をかぶって素晴らしい眺めであった。昔お世話になった民宿に立ち寄って、当時の若いお嫁さんと再会し、今はおばあちゃんですが、昔話をして帰ったのですが、今年は春スキーはなしに終わりました。
栂池では今はゴンドラとロープウエイを乗り継ぐと栂池自然園と言われる湿地帯に行けます。標高1900mにあり、その昔は神の田圃といわれ、早稲田や成城の山小屋があり、水芭蕉の咲く湿地帯で、その傍らに阪大の山岳部、ワンゲル部、スキー部が寄って山小屋を作っていました。ゴンドラはなく、春は麓から歩いては雪が残る栂池小屋まで行き、そこをベースにスキーを担いで2-3時間かけて天狗平という所まで上がり、後は一気に神の田圃まで滑っておりてくるという春スキーを満喫した思い出があります。今も春スキーが楽しめる所ですが、一歩間違うと大変なことになるという、山の怖さも持っていることを昔を懐かしみながら改めて感じた次第です。
余談ですが、神の田圃(今は栂池自然高原)の阪大小屋はそれぞれの部員たちが資金を集め、建築の時は荷揚げを手伝った思い出の場所ですが、その後阪大に移管し学生にオープンしていました。しかし老朽化が進み、10数年前だったか阪大在職中に文科省が危険建物に指定したので撤去するという連絡が阪大本部からありました。久しぶりに訪れたら、雪に押されて柱がゆがんでいて、改築する予算もなく、残念ながら撤去となりました。本部から、設立の三部を代表して私に判を付け、と言われ開設から撤去までお付き合いしたことになったのです。
ということで、私の大型連休は予定していた米国胸部外科学会も事情でキャンセルし、春スキーもなく、せいぜい近場に自転車、ということで終わりました。
| 雑感 | 07:50 | comments (x) | trackback (x) |
2012,04,28, Saturday
4月も終わりに近くなり、春の大型連休が始まろうとしている。4月のこのブログへの投稿数はまだ二つと少ない。自分の中でなんとなく寂しく思っているが、新年度に入って幾つかの話題を提供してみるのでお付き合い願いたい。
春休みも終わり、新入生が加わってキャンパスも賑わいを取り戻してきた。先日は黄砂がひどかったが、やっぱり春はいい。青空のもとで六甲山と神戸港を同時に眺めながら、元気溌剌とした学生の姿を見ると今年も頑張らないと、と思ってしまう。看護学部では何人か中堅教員が3月に退職されたが、4月に入って新しい顔ぶれも揃い、教員不足にはならず有難いと思う。また、新しい教員はそれぞれのバックグラウンドをもっているが、それを何かの形で本学の学生教育に反映してもらえればと思う。外の風を自由に入れることを我々は大事にしたい。
1年生全員を集めた合同講義、医療科学概論、はもう6年目である。毎週金曜日、オクタホールで行う。各日は2コマ(90分x2)で、講義とすれば8つある。以前にも紹介したが開学当初から私は厚かましく3つ持たせてもらっていた。何も自分でやらなくても、ということで今は2つにしている。医療専門職者を目指すにあたって、と先進医療と生命倫理、である。先日前者を済ませたが、本来出だしにやるべきところ、外科学会や次の週の海外出張があって、遅れてしまった。まずは自己紹介から始まり、本学の目指す所、医療専門職とは、医療者になる資質、チーム医療、といった順番である。総論的なので学生も退屈する内容なので、適宜ポイントを付け、またいつものように教壇からおりて歩きながらの講義である。今年は、副学長が既に幾つか済ませていて、私語はいけない、眠らない、携帯は使わない、などの作法は徹底していたようで、みなしっかり聞いてくれていた。とはいえ、4-5人のグループとおぼしきものが横並びでしっかり居眠りを決め込んでいるので、一喝して最前列中央に移動さるというハプニングも作ってしまった。
眠気覚ましといえば、途中でDVDの映像や映画を見せている。今年は、医療現場のことがほとんどわからない学生に、現場の雰囲気と多職種のメンバーが参加する医療を知ってもらう、という趣旨で米国のTV映画のERを持ってきた。救急治療室というもので、救急医療の最前線での医師や看護師、その他の医療スタッフの働きが、それぞれのエピソードのなかで見て取れる。いろんな職種が出てくる場面を選んで、15分ほど、ストーリーの途中まで終わるが、気分転換にもなる。ついでに、日本の救急医療では、映画のような何でも来いというERは少なく、1次、2次、3次、救命センター、などの縦割り制度の課題も伝えている。我が国でもこれに類したTVドラマがいくつかあるが、その迫力の差はどこから来るのか、考えてくれたらいいと思う。
チーム医療は後で副学長が詳しく講義するので概要にとどめたが、外科手術に関連して学生に、天候陛下が受けた手術は何だったか、聞いてみた。何とか答えてくれたが、きょとんとしている学生もいる。天皇陛下の手術については学長ブログを見ておきなさいと、宣伝もしておいた。
講義と言えば、その週は他にも二つあったが無事こなした。一つは看護学部二年生の外科の講義で、これは自分自身で科目責任者となって、医科大の外科の先生方と総論から消化器、整形、脳神経、呼吸器、心臓外科、乳腺、等の外科と麻酔、を組んでいる。私は最初の外科総論、まず済ませた。2年生なのでまだ臨床の講義は始まった所で、内科と外科が並行して進んでいる。担当は二つあって、まずはイントロ。総論なので、これまた正直面白い内容ではない。何とか興味を持ってもらおうと、いろいろ関連した、あるいは無関係な質問をしながら進めている。心臓外科は次週であるが、と中で、天皇陛下は今年何の手術したのか、と聞いたりもする。心臓の手術をしたくらい知っておいてほしいが、こういう時に言うことは、新聞を読みなさい、というセリフである。新聞は今や医療系の話題で一杯である、医療系で学ぶには、普段からそこに関心を持って欲しい。
もう一つの講義は大学院生相手である。大学院では看護とリハ(医療科学)の二つの修士課程で共通科目をおいていている。その一つに、疾病病態論、がある。臨床をベースに研究する上で、病気の医学的な基礎を知ってもうらおうということで作った一つの目玉商品である。種々の疾患を網羅しているが、私の分担は循環器系外科と先進医療であり、4月はまず循環器外科を二コマ、回ってきた。修士の第一年次(M1)で、今年は7名受講している。選択制であり、これだけ選んでくれたのは有難いが、ただリハ系が多くて看護が少ないのが少々意外であった。その理由は何か気になるところである。こちらの意向と院生の考えのマッチングや、講義に内容など、要検討かなと感じる。でも、リハ関係の院生が、普段あまりなじみのない臨床医学に興味を持ってくれるもとは大事である。中枢神経にしろ心臓にしろ、臨床医学の中でのリハビリはますます重要になってきている。
ここでも、天皇陛下の心臓手術を話題にし、冠動脈バイパス手術と心臓リハについても触れておいた。学部学生に見せているが、話題になったオフポンプ手術(人工心肺を使わない、心臓を止めない)については、手術ヴィデオを見てもらって、なぜ心臓は留めないでも細かい血管吻合が出来るのか、分かってもらえたようだ。まずは二コマ済ませ、6月には残る一コマ、心臓移植・再生医療、がある。
ということで、4月のブログ修めとしたいが、5月はもっとしっかりテーマ探しをしないといけない、と思っている。

欧州の学会での写真です。
春休みも終わり、新入生が加わってキャンパスも賑わいを取り戻してきた。先日は黄砂がひどかったが、やっぱり春はいい。青空のもとで六甲山と神戸港を同時に眺めながら、元気溌剌とした学生の姿を見ると今年も頑張らないと、と思ってしまう。看護学部では何人か中堅教員が3月に退職されたが、4月に入って新しい顔ぶれも揃い、教員不足にはならず有難いと思う。また、新しい教員はそれぞれのバックグラウンドをもっているが、それを何かの形で本学の学生教育に反映してもらえればと思う。外の風を自由に入れることを我々は大事にしたい。
1年生全員を集めた合同講義、医療科学概論、はもう6年目である。毎週金曜日、オクタホールで行う。各日は2コマ(90分x2)で、講義とすれば8つある。以前にも紹介したが開学当初から私は厚かましく3つ持たせてもらっていた。何も自分でやらなくても、ということで今は2つにしている。医療専門職者を目指すにあたって、と先進医療と生命倫理、である。先日前者を済ませたが、本来出だしにやるべきところ、外科学会や次の週の海外出張があって、遅れてしまった。まずは自己紹介から始まり、本学の目指す所、医療専門職とは、医療者になる資質、チーム医療、といった順番である。総論的なので学生も退屈する内容なので、適宜ポイントを付け、またいつものように教壇からおりて歩きながらの講義である。今年は、副学長が既に幾つか済ませていて、私語はいけない、眠らない、携帯は使わない、などの作法は徹底していたようで、みなしっかり聞いてくれていた。とはいえ、4-5人のグループとおぼしきものが横並びでしっかり居眠りを決め込んでいるので、一喝して最前列中央に移動さるというハプニングも作ってしまった。
眠気覚ましといえば、途中でDVDの映像や映画を見せている。今年は、医療現場のことがほとんどわからない学生に、現場の雰囲気と多職種のメンバーが参加する医療を知ってもらう、という趣旨で米国のTV映画のERを持ってきた。救急治療室というもので、救急医療の最前線での医師や看護師、その他の医療スタッフの働きが、それぞれのエピソードのなかで見て取れる。いろんな職種が出てくる場面を選んで、15分ほど、ストーリーの途中まで終わるが、気分転換にもなる。ついでに、日本の救急医療では、映画のような何でも来いというERは少なく、1次、2次、3次、救命センター、などの縦割り制度の課題も伝えている。我が国でもこれに類したTVドラマがいくつかあるが、その迫力の差はどこから来るのか、考えてくれたらいいと思う。
チーム医療は後で副学長が詳しく講義するので概要にとどめたが、外科手術に関連して学生に、天候陛下が受けた手術は何だったか、聞いてみた。何とか答えてくれたが、きょとんとしている学生もいる。天皇陛下の手術については学長ブログを見ておきなさいと、宣伝もしておいた。
講義と言えば、その週は他にも二つあったが無事こなした。一つは看護学部二年生の外科の講義で、これは自分自身で科目責任者となって、医科大の外科の先生方と総論から消化器、整形、脳神経、呼吸器、心臓外科、乳腺、等の外科と麻酔、を組んでいる。私は最初の外科総論、まず済ませた。2年生なのでまだ臨床の講義は始まった所で、内科と外科が並行して進んでいる。担当は二つあって、まずはイントロ。総論なので、これまた正直面白い内容ではない。何とか興味を持ってもらおうと、いろいろ関連した、あるいは無関係な質問をしながら進めている。心臓外科は次週であるが、と中で、天皇陛下は今年何の手術したのか、と聞いたりもする。心臓の手術をしたくらい知っておいてほしいが、こういう時に言うことは、新聞を読みなさい、というセリフである。新聞は今や医療系の話題で一杯である、医療系で学ぶには、普段からそこに関心を持って欲しい。
もう一つの講義は大学院生相手である。大学院では看護とリハ(医療科学)の二つの修士課程で共通科目をおいていている。その一つに、疾病病態論、がある。臨床をベースに研究する上で、病気の医学的な基礎を知ってもうらおうということで作った一つの目玉商品である。種々の疾患を網羅しているが、私の分担は循環器系外科と先進医療であり、4月はまず循環器外科を二コマ、回ってきた。修士の第一年次(M1)で、今年は7名受講している。選択制であり、これだけ選んでくれたのは有難いが、ただリハ系が多くて看護が少ないのが少々意外であった。その理由は何か気になるところである。こちらの意向と院生の考えのマッチングや、講義に内容など、要検討かなと感じる。でも、リハ関係の院生が、普段あまりなじみのない臨床医学に興味を持ってくれるもとは大事である。中枢神経にしろ心臓にしろ、臨床医学の中でのリハビリはますます重要になってきている。
ここでも、天皇陛下の心臓手術を話題にし、冠動脈バイパス手術と心臓リハについても触れておいた。学部学生に見せているが、話題になったオフポンプ手術(人工心肺を使わない、心臓を止めない)については、手術ヴィデオを見てもらって、なぜ心臓は留めないでも細かい血管吻合が出来るのか、分かってもらえたようだ。まずは二コマ済ませ、6月には残る一コマ、心臓移植・再生医療、がある。
ということで、4月のブログ修めとしたいが、5月はもっとしっかりテーマ探しをしないといけない、と思っている。

欧州の学会での写真です。
| ポーアイ便り::その他 | 13:13 | comments (x) | trackback (x) |
2012,04,14, Saturday
4月は学会シーズンである。今週は日本外科学会が千葉は幕張メッセであった。昨年は東日本大震災で開催が断念され、実質二年ぶりの学会であった。大学の行事が新年度で詰まっている中、二往復して会議出席と座長の役目を済ませてきた。日本外科学会はもう112回にもなる伝統ある学会で、学術的な意味でも大事であるが、社会的問題、例えば外科医のなり手がすくないこと、手術の質担保と安全管理、医療事故、など多彩である。私事であるが、8年前にこの学会の会長をさせてもらったので、その関係で名誉何とかに推薦されて、メダルも頂いた。阪大退官の前年の春に大阪で開催したのがついこの間のように思いだされる。その時の会長講演のタイトルが、「外科医育成における課題、働く環境改善」というものであった。現在、その延長で専門医制度の充実に携わっているが、どれだけ改善されたのか、その後の成果は大きくない。
ここで話題したいのは、モーニングセミナーで行われた米国外科学会との会議である。招待された米国外科学会会長、女性外科医、の講演の内容を紹介する.。それは米国外科学会主導で進んでいる、nsQip ( National Surgical Quality Improvement Program)、である。これは、「全国外科手術質改善プログラム」というもので、外科手術の質と安全管理のための全米レベルの調査システムである。米国外科学会がその事務を担当しているが、各病院で外科手術のデーターを入力する専門のトレーニングを受けたナースがいて、外科手術(全部ではないが)の登録をしている。特に大事な入力項目は合併症であり、感染とか出血とか、再手術などであり、これがある程度集まると、その病院の問題点が明らかになってくる。これをもとに例えば手術部位の感染が多いところは改善の工夫を迫られる。このシステムが動き出してから、いろんな合併症が優位に減ったという。医療費も下がったということで、単に患者さんに適切な治療をすると同時に、医療経済面で大きな効果があるということである。手術創部が感染するとまず入院が長引く、薬代が増える、再手術でまた医療費が上がる、といった悪循環になる。患者さんや家族にとって合併症は命に関わるものから、傷の化膿までいろいろあるが、起こると起こらないでは雲泥の差でもある。この問題は、我が国では各施設でも対応しているが、国レベル、学会レベルでしっかり見ている制度は未熟である。米国では保険支払い側が、合併症が多いと支払に影響させて、結果的に医療の質の向上を目指している。保険の支払いが関与する制度は我が国では馴染まないが、保険の原資が限られてくるとそうはいかない。
このnsQipは米国外科学会主導で進んでいるらしい。我が国でも心臓血管外科学会のデーターベースや外科学会のナショナルデータベースが動いているが、まだ質の管理までは進んでいない。ここで、我が国のデーターベースとの違いは、米国は保険機構が目を光らせ、質がわるいと介入してくることと、データ入力に専属の看護師ないし専門職を各病院が雇用し教育させていることである。我が国ではかかるデーターベース入力(症例のウエブでの登録)はもっぱら若手医師の手になっていることである。雑用が若手医師に委ねられている古い構造が問題である。ここを改善しないと若手医師の修練環境は改善しない。病院トップはそんな所へ人を付けられないというが、きちんとした人的配置ができなければ質の管理はできない。それを支える仕組みのない医療制度、保険制度がいけないのではないか。若手医師が雑用に追われ、事務系の仕事の肩代わりをしている状態がまだかなり続いているのではないか。かってある国立病院長が看護師不足のなかで、新人看護師が忙しくしていると、そんなことは研修医にやらせなさい、と言ったとか。若手医師はほっておいても来るし、厳しくしても辞めないが、新人看護師さんは大事にしないとすぐ辞めていく、という背景がある。こんなことが地方での医師不足、外科離れになっているのではと言われている。話がいつものように飛んでしまったが、今週は医療の質、中でも外科医療に関する質管理についてのシステム作りの日米格差に注目である。
もう一件、医療の質、外科の質、ということでは、米国外科学会会長も創部感染などの合併症軽減を学会上げて取り組んでいると強調していた。外科学会の後に、ある感染防御に関するセミナーでの話を紹介する。そこでは外科手術部位感染(surgical site infection, SSI)の話である。傷の化膿という簡単なようで結構深刻な合併症がどういう背景で起こるか我が国でホットな議論がされている。その背景の中で、手術中の低体温が話題であった。術中の意図しない体温低下が悪い、という米国の何年か前の衝撃的な発表があり、その後の検証的研究の発表が我が国でも続いている。しかし、なかなかそれを証明する研究が出てこない。
本学の看護学部のT准教授が研究助成金をもらって調べた結果の発表があった。1000例を超える消化器外科手術での手術中の低体温の頻度とかSSIとの関連性を統計的に分析した力作である。結果、低体温は侵襲の大きな手術でSSIとは明白な関係がなさそうで、ある意味、思惑とは違った結果であった。別施設からも発表がったが、同様であった。私としては前者の共同演者でもあり、コメントは控えていたが最後のまとめ的な話をした。それは、低体温は本当に悪いの?というものである。というのは、消化器外科では経度低体温が創の感染危険率をあげるという米国の超有名医学雑誌での論文が出て以来、みんながそう思ってしまっているが、本当にそうですか、とボールを投げた。というのは、心臓外科では低体温手術が当たり前であるが、かといって手術創の感染が特に多い訳ではない。何かその凄いインパクトのある論文に振り回されていているのでは、と問題提起をさせてもらった。たかが創部感染とはいえその原因とか誘因というと奥が深い。
こんな臨床的な議論は最近したことがなかったので、自分としては楽しませてもらった。外科医療は日進月歩であるが、それを支える質の管理と社会資源の有効利用がわが国でも動き出している。しかし、米国はシステム作りが上手である。情報公開が進み、質の高いものにはお金は払うがそうでないものは減らすというPay for Performanceが基本的な考えになっている。 当然であるが、外科手術は全て患者さんの為である。
ここで話題したいのは、モーニングセミナーで行われた米国外科学会との会議である。招待された米国外科学会会長、女性外科医、の講演の内容を紹介する.。それは米国外科学会主導で進んでいる、nsQip ( National Surgical Quality Improvement Program)、である。これは、「全国外科手術質改善プログラム」というもので、外科手術の質と安全管理のための全米レベルの調査システムである。米国外科学会がその事務を担当しているが、各病院で外科手術のデーターを入力する専門のトレーニングを受けたナースがいて、外科手術(全部ではないが)の登録をしている。特に大事な入力項目は合併症であり、感染とか出血とか、再手術などであり、これがある程度集まると、その病院の問題点が明らかになってくる。これをもとに例えば手術部位の感染が多いところは改善の工夫を迫られる。このシステムが動き出してから、いろんな合併症が優位に減ったという。医療費も下がったということで、単に患者さんに適切な治療をすると同時に、医療経済面で大きな効果があるということである。手術創部が感染するとまず入院が長引く、薬代が増える、再手術でまた医療費が上がる、といった悪循環になる。患者さんや家族にとって合併症は命に関わるものから、傷の化膿までいろいろあるが、起こると起こらないでは雲泥の差でもある。この問題は、我が国では各施設でも対応しているが、国レベル、学会レベルでしっかり見ている制度は未熟である。米国では保険支払い側が、合併症が多いと支払に影響させて、結果的に医療の質の向上を目指している。保険の支払いが関与する制度は我が国では馴染まないが、保険の原資が限られてくるとそうはいかない。
このnsQipは米国外科学会主導で進んでいるらしい。我が国でも心臓血管外科学会のデーターベースや外科学会のナショナルデータベースが動いているが、まだ質の管理までは進んでいない。ここで、我が国のデーターベースとの違いは、米国は保険機構が目を光らせ、質がわるいと介入してくることと、データ入力に専属の看護師ないし専門職を各病院が雇用し教育させていることである。我が国ではかかるデーターベース入力(症例のウエブでの登録)はもっぱら若手医師の手になっていることである。雑用が若手医師に委ねられている古い構造が問題である。ここを改善しないと若手医師の修練環境は改善しない。病院トップはそんな所へ人を付けられないというが、きちんとした人的配置ができなければ質の管理はできない。それを支える仕組みのない医療制度、保険制度がいけないのではないか。若手医師が雑用に追われ、事務系の仕事の肩代わりをしている状態がまだかなり続いているのではないか。かってある国立病院長が看護師不足のなかで、新人看護師が忙しくしていると、そんなことは研修医にやらせなさい、と言ったとか。若手医師はほっておいても来るし、厳しくしても辞めないが、新人看護師さんは大事にしないとすぐ辞めていく、という背景がある。こんなことが地方での医師不足、外科離れになっているのではと言われている。話がいつものように飛んでしまったが、今週は医療の質、中でも外科医療に関する質管理についてのシステム作りの日米格差に注目である。
もう一件、医療の質、外科の質、ということでは、米国外科学会会長も創部感染などの合併症軽減を学会上げて取り組んでいると強調していた。外科学会の後に、ある感染防御に関するセミナーでの話を紹介する。そこでは外科手術部位感染(surgical site infection, SSI)の話である。傷の化膿という簡単なようで結構深刻な合併症がどういう背景で起こるか我が国でホットな議論がされている。その背景の中で、手術中の低体温が話題であった。術中の意図しない体温低下が悪い、という米国の何年か前の衝撃的な発表があり、その後の検証的研究の発表が我が国でも続いている。しかし、なかなかそれを証明する研究が出てこない。
本学の看護学部のT准教授が研究助成金をもらって調べた結果の発表があった。1000例を超える消化器外科手術での手術中の低体温の頻度とかSSIとの関連性を統計的に分析した力作である。結果、低体温は侵襲の大きな手術でSSIとは明白な関係がなさそうで、ある意味、思惑とは違った結果であった。別施設からも発表がったが、同様であった。私としては前者の共同演者でもあり、コメントは控えていたが最後のまとめ的な話をした。それは、低体温は本当に悪いの?というものである。というのは、消化器外科では経度低体温が創の感染危険率をあげるという米国の超有名医学雑誌での論文が出て以来、みんながそう思ってしまっているが、本当にそうですか、とボールを投げた。というのは、心臓外科では低体温手術が当たり前であるが、かといって手術創の感染が特に多い訳ではない。何かその凄いインパクトのある論文に振り回されていているのでは、と問題提起をさせてもらった。たかが創部感染とはいえその原因とか誘因というと奥が深い。
こんな臨床的な議論は最近したことがなかったので、自分としては楽しませてもらった。外科医療は日進月歩であるが、それを支える質の管理と社会資源の有効利用がわが国でも動き出している。しかし、米国はシステム作りが上手である。情報公開が進み、質の高いものにはお金は払うがそうでないものは減らすというPay for Performanceが基本的な考えになっている。 当然であるが、外科手術は全て患者さんの為である。
| ポーアイ便り::その他 | 23:26 | comments (x) | trackback (x) |
2012,04,07, Saturday
昨日は本学の24年度入学式でした。入学式はいつものポートピアホテルで、学部はなんともう6回目、大学院は2回目となりました。ポートアイランドでは数日前の爆弾暴風雨の余韻がまだ残るなか、やはり4月ですから桜の花も祝ってくれるかのように咲きだして、雰囲気を盛り上げてくれていました。大学院生17名を入れて、375名という沢山の新入生を迎え、学生総数は1700人を超えるまでになりました。
6回目というとそれなりの意義があります。まず、これで薬学部は1から6年まで全学が揃うということ、文科省的には看護とリハ学部は2年前に済んでいますが全体の完成年度でまとめの年であること、それにこれまでお蔭様で順調に展開できたこと、などであります。教職員や法人の医科大学、学生、全ての皆さんに感謝です。ブログを見て頂いている方にもお礼を言い。とはいえ、自分でも6年目か、と驚いています。式辞はもう6回目、という感じですが、毎年新鮮な気持ちでこの日を迎えてきたと思っています。よくこれまで持ったのか持たせてもらったのか、我儘な学長に6回も式辞をさせてくれた医科大学法人に感謝しないといけません。
入学式の式辞は、最初の頃は張り切って盛りだくさんになり、時間も第1回は30分?近くなり嫌がられましたがその後は段々と短くして、今回は10分程度としました。あまりいろいろ言っても新入生は恐らく殆ど覚えていないでしょうが、半分は保護者の方にも聞いていただきたい、ということです。要点は、医療専門職を目指すからにはしっかり勉強し単位を取って行かなと卒業までいけないこと、国家試験に通ったらいいというのではなく医療人としての資質が大事であること、本学の特徴であるボーダレスなチーム医療教育が学部間のみならず兵庫医科大との連携で行われること、そして自学自習の習慣、普段の努力が大事であること、を伝えている。その他として、医療に携わる者は豊かな心が大事で、コンピューターやロボットでは出来ないここと、ボランテイァ活動の大事なこと、などである。今年も、東北地区から1名の入学者があった。学生ボランティア活動の紹介もしておいた。
式の後、保護者だけに残ってもらって、私から大学の話と、後は学生部長、教務部長の二人から学生生活や単位取得・進級への保護者の協力をお願いした。私からは、有名私学のある理事長のことばであるが、親は子供が大学生になっても「手を放しても目を離さないで」というお願いをした。
午後からはキャンパスに移動して学部ごとの集まりがあったが、春休みで閑散としていたキャンパスもやっと生き返ったようで、在学生もサークル勧誘などで出てきていて、元気よく後輩の勧誘をしていた。いい雰囲気で、頼もしい。
さて、6年目は大学としてまずはまとめの年であるが、次にどう繋げるか大変大事な節目である。自分としても学生や院生講義から始まって執行部としてのガヴァナンス、将来構想のまとめなど、やらないといけないことが沢山ある。まさにこれまでの成果が問われ、次への展開のための正念場の年と言っていい。
6回目というとそれなりの意義があります。まず、これで薬学部は1から6年まで全学が揃うということ、文科省的には看護とリハ学部は2年前に済んでいますが全体の完成年度でまとめの年であること、それにこれまでお蔭様で順調に展開できたこと、などであります。教職員や法人の医科大学、学生、全ての皆さんに感謝です。ブログを見て頂いている方にもお礼を言い。とはいえ、自分でも6年目か、と驚いています。式辞はもう6回目、という感じですが、毎年新鮮な気持ちでこの日を迎えてきたと思っています。よくこれまで持ったのか持たせてもらったのか、我儘な学長に6回も式辞をさせてくれた医科大学法人に感謝しないといけません。
入学式の式辞は、最初の頃は張り切って盛りだくさんになり、時間も第1回は30分?近くなり嫌がられましたがその後は段々と短くして、今回は10分程度としました。あまりいろいろ言っても新入生は恐らく殆ど覚えていないでしょうが、半分は保護者の方にも聞いていただきたい、ということです。要点は、医療専門職を目指すからにはしっかり勉強し単位を取って行かなと卒業までいけないこと、国家試験に通ったらいいというのではなく医療人としての資質が大事であること、本学の特徴であるボーダレスなチーム医療教育が学部間のみならず兵庫医科大との連携で行われること、そして自学自習の習慣、普段の努力が大事であること、を伝えている。その他として、医療に携わる者は豊かな心が大事で、コンピューターやロボットでは出来ないここと、ボランテイァ活動の大事なこと、などである。今年も、東北地区から1名の入学者があった。学生ボランティア活動の紹介もしておいた。
式の後、保護者だけに残ってもらって、私から大学の話と、後は学生部長、教務部長の二人から学生生活や単位取得・進級への保護者の協力をお願いした。私からは、有名私学のある理事長のことばであるが、親は子供が大学生になっても「手を放しても目を離さないで」というお願いをした。
午後からはキャンパスに移動して学部ごとの集まりがあったが、春休みで閑散としていたキャンパスもやっと生き返ったようで、在学生もサークル勧誘などで出てきていて、元気よく後輩の勧誘をしていた。いい雰囲気で、頼もしい。
さて、6年目は大学としてまずはまとめの年であるが、次にどう繋げるか大変大事な節目である。自分としても学生や院生講義から始まって執行部としてのガヴァナンス、将来構想のまとめなど、やらないといけないことが沢山ある。まさにこれまでの成果が問われ、次への展開のための正念場の年と言っていい。
| ポーアイ便り::その他 | 15:33 | comments (x) | trackback (x) |
2012,03,31, Saturday
昨日、3月30日に第97回の薬剤師国家試験の合格発表があった。今回は薬学部が6年制になった最初の学年が受験していることから、新制度薬剤師の合格率が注目されていた。新制度で送り出された卒業生の国家試験合格率が例えば90%を大きく切るような厳しい状況であれば、今後の6年制薬学部への受験者の動向に影響するからである。また、2年間のブランクの後の新薬剤師であり、その就職を期待している調剤薬局の業務にも影響する。
さて、結果は6年制新卒業者でいうと、8,584名受験して全体では95.32%と大変良好であった。約8千人の新しい制度で育った薬剤師が世に送り出されたことになり、この結果を見て、薬学関係者は我々も含め、安堵していると思われる。これまでの4年制での薬剤師国家試験では新卒の合格率が90%を超えることは最近なかったようで、各薬科大学や薬学部の教員や関係者の努力のお蔭と思って、敬意を表したい。まずは、薬剤師教育の新制度の門出として歓迎したい。
さて、もう少し掘り下げてみることも大事である。女性の成績が男性に比し良いというのも納得できるような話である。この薬学部6年制が出来て時に入学定員を振り返ってみると、確か1万1千人ほどで、それまでの4年制の時に比べ2000人ほど多くなったと言われていた。今回の受験者数を見ると、約8,600人である。6年前に1万人以上が入学したはずであるから、8割弱になっていて、かなりの数が卒業まで到達していないことになる。その辺りが、6年制薬科大学や薬学部の抱えている問題でもある。ということなど考えながら来年の本学はどうなるのか、他人事ではない。薬学部教員にはかなりのプレッシャーである。6年制新薬剤師の就職先も興味があるが、情報が入るまでは暫くかかるであろう。
さて、リハビリテーション学部の国家試験については、その少し前に発表があり、本学は理学療法士では新卒既卒とも全員合格という嬉しい結果であった。作業療法士については100%にはならなかったが、95%とこれまた素晴らしいものであった。リハビリテーション学部教員に感謝する。ご苦労様でした。
さて、結果は6年制新卒業者でいうと、8,584名受験して全体では95.32%と大変良好であった。約8千人の新しい制度で育った薬剤師が世に送り出されたことになり、この結果を見て、薬学関係者は我々も含め、安堵していると思われる。これまでの4年制での薬剤師国家試験では新卒の合格率が90%を超えることは最近なかったようで、各薬科大学や薬学部の教員や関係者の努力のお蔭と思って、敬意を表したい。まずは、薬剤師教育の新制度の門出として歓迎したい。
さて、もう少し掘り下げてみることも大事である。女性の成績が男性に比し良いというのも納得できるような話である。この薬学部6年制が出来て時に入学定員を振り返ってみると、確か1万1千人ほどで、それまでの4年制の時に比べ2000人ほど多くなったと言われていた。今回の受験者数を見ると、約8,600人である。6年前に1万人以上が入学したはずであるから、8割弱になっていて、かなりの数が卒業まで到達していないことになる。その辺りが、6年制薬科大学や薬学部の抱えている問題でもある。ということなど考えながら来年の本学はどうなるのか、他人事ではない。薬学部教員にはかなりのプレッシャーである。6年制新薬剤師の就職先も興味があるが、情報が入るまでは暫くかかるであろう。
さて、リハビリテーション学部の国家試験については、その少し前に発表があり、本学は理学療法士では新卒既卒とも全員合格という嬉しい結果であった。作業療法士については100%にはならなかったが、95%とこれまた素晴らしいものであった。リハビリテーション学部教員に感謝する。ご苦労様でした。
| ポーアイ便り::その他 | 20:50 | comments (x) | trackback (x) |
2012,03,30, Friday
数日前の朝日新聞に、心臓移植、若者が優先? 71歳チェイニー氏手術で論議、という記事が掲載された。米国でのニュースを紹介したものである。心臓移植に当たって年齢は考慮すべきか――71歳のチェイニー前米副大統領が心臓移植を受けたことをきっかけに年齢をめぐる議論が起きている。医療技術の向上で、高齢でも移植を受けられるようになった半面、臓器提供者(ドナー)は不足、若年者に配慮すべきだとの意見も出ている、という内容である。
元副大統領という高い位置であった同氏が、若い人を押しのけて移植を受けた、と言わんばかりのないようである。同氏のこれまでの経歴や社会的評価からみてあまり歓迎されていないようである。我が国では依然として厳しい臓器提供のなかで心臓移植を受けられる(待機リストに入る)年齢をこれまでの60歳未満(望ましい)を65歳に引き上げる作業が進んでいるので、無関心ではいられない。
米国での議論の背景には、単に医学的生命倫理的な問題の陰に、実は同氏への米国民の良くない評判もあるのではないか。同氏は2000年代のブッシュ政権下の国防長官と副大統領で、イラク戦争や911テロで信頼を失った同政権を陰で操っていたとか策謀家、などと言われている。退任後も企業天下りや利益誘導など米国民にとって歓迎されない人物にようで、同氏が心臓移植まで受けるとは何事か、といったことがツイッタ―で囁かれている。
さて、米国では毎年2000例以上の心臓移植が行われているが、心臓移植の待機者は3,100例で年間約10%の方が移植前に亡くなっている。そういう中で、高齢者はもう十分生きたのだから、新しい心臓は若い人へ優先すべきである、という考えがあって、これにこのチェイニー氏の移植が火をつけたようである。米国ではUNOSという日本の日本臓器移植ネットワークに当たるところが基準等を決めて臓器保配分を行っているが、これでも地域や施設である程度の自由度がある。移植を受ける年齢につては、原則的に70歳未満と言われているが、チェイニー氏のようにこれを超えても行われ、記録ではカナダでは79歳で受けて90歳まで生きられた方もあり、70歳以上での移植も実際行われている。チェイニー氏は20ヶ月の待機であるから登録時はぎりぎり70歳未満であったとも考えられる。同氏は免疫抑制療法が必要であるが、10年生存の確率は60-70%であろう。
米国では移植臓器の配分については長年議論がされる中で、結構高齢者やリスクの高い症例も移植適応となっている。これに危惧する意見は、これからの将来がある若者に社会の資源である提供された臓器をあげるべきであるというものである。米国での事情の中で今後我が国でも参考になるのは、別リスト制度である。これはドナー不足対策として、条件の悪い臓器は移植に回らなくしてしまうのではなく、本来は適応になり難い移植希望者に少し機能の悪い心臓なら優先するという仕組みである。どーなーの意思を活かそうというものでもある。別リスト扱いは、年齢が高い(65歳以上)、進んだ糖尿病、腎障害、ウイルス感染者、再移植、などで、通常では移植の対象となり難いグループである。
一方、ドナー側での話では、マージナルドナーという言葉がある。全く圏外ではないが、少し枠からずれかかけている場合で、米国では、年齢が高い(55歳以上)、糖尿病、心機能が悪い、冠動脈病変がある、心肥大がある、ウイルス感染がある、などである。このような提供の場合、別リストの方を優先してマージナルドナーからの臓器を出来るだけ無駄なく配分しよう、という仕組みである。これまでいくつかの論文があって、別リストでも生存率は標準と変わらないというデーターも出ている(ニューヨークコロンビア大学仲教授のグループから)どである。
チェイニー氏の心臓移植は恐らく標準リストで普通のドナーからの移植と思われるが、元副大統領という立場を使って何か優先的に移植を受けたのでは、という疑惑もあるようにとれる。しかし、これについては20か月という待機期間は一般であり(あるいは少し長い)、優先という範疇ではないであろう。日本では3年は優に必要であるが。一方、興味あることは同氏が植込み型補助心臓治療を受けていたことである。同氏は何度も心臓発作を起こし、バイパス手術やカテーテル一治療を受けているが、心筋梗塞から心不全となって、補助心臓植え込みとなったと思われる。年齢から言って、いわゆる最終治療(Destination Therapy、DT)かと思われるが、専門的になるが同氏の補助心臓はDTで認可されたものではないようである。
さて、我が国の状況は紙面でも紹介され、以前のも触れたが、現在の心臓移植適応年齢の60歳未満(望ましいとなっているが実質59歳まで)であるところを65歳に引き上げる作業が進んでいる。なお、これは登録時の年齢であって、受ける時は60歳を超える場合も出てくる。心不全患者さんで比較的若い人では特発性(原因不明)拡張型心筋症が多いが、年齢が高くなるとこの病気以外に心筋梗塞後の心筋症が増えてきて、実際に60歳を超えた心不全患者が増えてきている。医学的・社会的理由では、対象となる患者さんを60歳未満できるのは年齢差別にもなるし、65歳までなら多くはまだ年金受給前であり、社会的にも活動している方も多い、さらに60歳台ならそれ以下の年令群と比べ成績に差がない、などであった。
医学的なことで学会や行政的にも問題は少なかったので、65歳までの年令引上げは国としても認めているが、問題はそれをどう進めるかで議論が起こっている。60歳以上で(65歳未満)で適応と判断されたら、移植ネットワークに登録して待機に入るが、従来のままであると単純に先に登録したかたの後に並ぶということであるが、60歳以上がどんどん増えて若い人のチャンスを少なくするのではという懸念と、医学的な理由で後から並んだ年齢の高い人に飛び越えることもある。内科系の先生方はそういう危惧をされ、何らかの規制をかけたいという意向のようである。現在、厚労省の作業部会で検討中とのことであるが、先の米国の様に別リストの話も出てくるであろう。しかし、我が国ではまだマージナルドナー(高齢者とかサイズミスマッチのドナー)についての至適な配分基準も出来ていないので、一気に年齢を考えた別リスト(高齢者ドナーから高齢者レシピエント)は難しい。
しかし、この考えは既に我が国の小児心臓移植で採用されている。18歳未満のドナー臓器(心臓)は優先的に18歳未満待機へというルールが認められ、実際行われている。小児でも成人でも、また親族への優先でも、優先的にドナーを配分することでは法律家や生命倫理学者からの反論がある。社会資産としての提供された臓器の使い方は公平・公正・公明が最大限生かされねばならない。こういった議論を踏まえて、近いうちに何らかのルールを設けて心臓移植の65歳への年令引上げが決まると思われる。これに伴って、植込み型補助心臓も活気が出てくると期待される。
チェイニー氏の心臓移植のニュースと関連する我が国の状況を紹介した。
元副大統領という高い位置であった同氏が、若い人を押しのけて移植を受けた、と言わんばかりのないようである。同氏のこれまでの経歴や社会的評価からみてあまり歓迎されていないようである。我が国では依然として厳しい臓器提供のなかで心臓移植を受けられる(待機リストに入る)年齢をこれまでの60歳未満(望ましい)を65歳に引き上げる作業が進んでいるので、無関心ではいられない。
米国での議論の背景には、単に医学的生命倫理的な問題の陰に、実は同氏への米国民の良くない評判もあるのではないか。同氏は2000年代のブッシュ政権下の国防長官と副大統領で、イラク戦争や911テロで信頼を失った同政権を陰で操っていたとか策謀家、などと言われている。退任後も企業天下りや利益誘導など米国民にとって歓迎されない人物にようで、同氏が心臓移植まで受けるとは何事か、といったことがツイッタ―で囁かれている。
さて、米国では毎年2000例以上の心臓移植が行われているが、心臓移植の待機者は3,100例で年間約10%の方が移植前に亡くなっている。そういう中で、高齢者はもう十分生きたのだから、新しい心臓は若い人へ優先すべきである、という考えがあって、これにこのチェイニー氏の移植が火をつけたようである。米国ではUNOSという日本の日本臓器移植ネットワークに当たるところが基準等を決めて臓器保配分を行っているが、これでも地域や施設である程度の自由度がある。移植を受ける年齢につては、原則的に70歳未満と言われているが、チェイニー氏のようにこれを超えても行われ、記録ではカナダでは79歳で受けて90歳まで生きられた方もあり、70歳以上での移植も実際行われている。チェイニー氏は20ヶ月の待機であるから登録時はぎりぎり70歳未満であったとも考えられる。同氏は免疫抑制療法が必要であるが、10年生存の確率は60-70%であろう。
米国では移植臓器の配分については長年議論がされる中で、結構高齢者やリスクの高い症例も移植適応となっている。これに危惧する意見は、これからの将来がある若者に社会の資源である提供された臓器をあげるべきであるというものである。米国での事情の中で今後我が国でも参考になるのは、別リスト制度である。これはドナー不足対策として、条件の悪い臓器は移植に回らなくしてしまうのではなく、本来は適応になり難い移植希望者に少し機能の悪い心臓なら優先するという仕組みである。どーなーの意思を活かそうというものでもある。別リスト扱いは、年齢が高い(65歳以上)、進んだ糖尿病、腎障害、ウイルス感染者、再移植、などで、通常では移植の対象となり難いグループである。
一方、ドナー側での話では、マージナルドナーという言葉がある。全く圏外ではないが、少し枠からずれかかけている場合で、米国では、年齢が高い(55歳以上)、糖尿病、心機能が悪い、冠動脈病変がある、心肥大がある、ウイルス感染がある、などである。このような提供の場合、別リストの方を優先してマージナルドナーからの臓器を出来るだけ無駄なく配分しよう、という仕組みである。これまでいくつかの論文があって、別リストでも生存率は標準と変わらないというデーターも出ている(ニューヨークコロンビア大学仲教授のグループから)どである。
チェイニー氏の心臓移植は恐らく標準リストで普通のドナーからの移植と思われるが、元副大統領という立場を使って何か優先的に移植を受けたのでは、という疑惑もあるようにとれる。しかし、これについては20か月という待機期間は一般であり(あるいは少し長い)、優先という範疇ではないであろう。日本では3年は優に必要であるが。一方、興味あることは同氏が植込み型補助心臓治療を受けていたことである。同氏は何度も心臓発作を起こし、バイパス手術やカテーテル一治療を受けているが、心筋梗塞から心不全となって、補助心臓植え込みとなったと思われる。年齢から言って、いわゆる最終治療(Destination Therapy、DT)かと思われるが、専門的になるが同氏の補助心臓はDTで認可されたものではないようである。
さて、我が国の状況は紙面でも紹介され、以前のも触れたが、現在の心臓移植適応年齢の60歳未満(望ましいとなっているが実質59歳まで)であるところを65歳に引き上げる作業が進んでいる。なお、これは登録時の年齢であって、受ける時は60歳を超える場合も出てくる。心不全患者さんで比較的若い人では特発性(原因不明)拡張型心筋症が多いが、年齢が高くなるとこの病気以外に心筋梗塞後の心筋症が増えてきて、実際に60歳を超えた心不全患者が増えてきている。医学的・社会的理由では、対象となる患者さんを60歳未満できるのは年齢差別にもなるし、65歳までなら多くはまだ年金受給前であり、社会的にも活動している方も多い、さらに60歳台ならそれ以下の年令群と比べ成績に差がない、などであった。
医学的なことで学会や行政的にも問題は少なかったので、65歳までの年令引上げは国としても認めているが、問題はそれをどう進めるかで議論が起こっている。60歳以上で(65歳未満)で適応と判断されたら、移植ネットワークに登録して待機に入るが、従来のままであると単純に先に登録したかたの後に並ぶということであるが、60歳以上がどんどん増えて若い人のチャンスを少なくするのではという懸念と、医学的な理由で後から並んだ年齢の高い人に飛び越えることもある。内科系の先生方はそういう危惧をされ、何らかの規制をかけたいという意向のようである。現在、厚労省の作業部会で検討中とのことであるが、先の米国の様に別リストの話も出てくるであろう。しかし、我が国ではまだマージナルドナー(高齢者とかサイズミスマッチのドナー)についての至適な配分基準も出来ていないので、一気に年齢を考えた別リスト(高齢者ドナーから高齢者レシピエント)は難しい。
しかし、この考えは既に我が国の小児心臓移植で採用されている。18歳未満のドナー臓器(心臓)は優先的に18歳未満待機へというルールが認められ、実際行われている。小児でも成人でも、また親族への優先でも、優先的にドナーを配分することでは法律家や生命倫理学者からの反論がある。社会資産としての提供された臓器の使い方は公平・公正・公明が最大限生かされねばならない。こういった議論を踏まえて、近いうちに何らかのルールを設けて心臓移植の65歳への年令引上げが決まると思われる。これに伴って、植込み型補助心臓も活気が出てくると期待される。
チェイニー氏の心臓移植のニュースと関連する我が国の状況を紹介した。
| ポーアイ便り::医療問題 | 08:51 | comments (x) | trackback (x) |
2012,03,28, Wednesday
先日、第101回看護師・保健師・助産師の国家試験結果が公表された。本学では二回目の国家試験でありましたが、看護師試験と助産師試験ではそれぞれ1名が残念ながら不合格で、看護師では合格率98.9%(全国新卒平均95.1%)ということでした。一方、保健師は昨年より頑張って、94.7%合格(全国新卒平均89.2%)でした。看護師試験で不合格の一人は4年間よく頑張ったのに結果として報われなかったのですが、試験の時の体調や科目の得手不得手もあったでしょうから、気を落とさずに、また来年よく準備をして再挑戦して欲しいと思います。
全国ではこの試験で総数48,400人が看護師として世に出ていくわけです。学校で言いますと、4年制大学もあれば3年の養成校もあります。結構な数ですが、医師国家試験合格者が毎年8,000人くらいですから6倍ほどです。しかし、医療現場のマンパワー状態から見るとまだまだ少ないと言えるのではないでしょうか。また、以前にも海外(インドネシアとフィリピン)からの看護師希望者、経済連携協定(EPA)合格率が極端に低いことを取り上げましたが、今年は11.3%というように報道されています。前に比べかなり高い率となりましたが、それでも日本人に比べるとずいぶん低いままです。グローバリゼーションという点からは、まだまだ課題の多いところでしょう。とはいえ、この狭き門を通った海外からの看護師さんが臨床現場での活躍で、さらにこの門が広くなればと思います。
さて、看護師の国家試験に関係したことで、看護職の早期離職問題があります。昨日は兵庫医科大学での会議でもこの話題が出ていました。各病院が看護師さん集めで苦労されているなかで、全国的な話ですが、せっかく来ていただいても1年で10%とか15%も辞めていかれるという現実があります。早期離職対策、ということが病院看護部の大きな役割になっています。看護師新卒者が数週間の見習い期間の後、病棟の臨床現場に入ってしまうことで、順応ができず、精神的にも負担になって、他に移っていく人が多いと言われていて、日本看護協会でも問題視しています。その結果、医師の初期臨床研修制度のように看護師臨床研修制度を、平成22年度から義務化ではなく努力義務ですが、一定期間取り入れるようになってきています。新人研修制度と言われ、各病院ではこれを真剣に考え、取り入れていることは大変良いことと思います。
このような努力もあて、離職率がずいぶん低い、あるいはゼロの病院もあるようです。大学病院では仕事自体もかなり厳しい所もあり、セロにはなかなか行きませんが、だんだん改善して来ればいいと思っています。なお、早期離職の原因を見ると、職場の人間関係、が大きいと言われています。現場で教える側も教わる側も、コミュニケーションが大事であると感じます。本学の卒業生がこの厳しい環境を、4年間で培った人間力、応用力、そしてコミュニケーション力で、乗り切って欲しいと思います。
国家試験合格の皆さんにお祝いとその活躍を期待してエールを送ります。
全国ではこの試験で総数48,400人が看護師として世に出ていくわけです。学校で言いますと、4年制大学もあれば3年の養成校もあります。結構な数ですが、医師国家試験合格者が毎年8,000人くらいですから6倍ほどです。しかし、医療現場のマンパワー状態から見るとまだまだ少ないと言えるのではないでしょうか。また、以前にも海外(インドネシアとフィリピン)からの看護師希望者、経済連携協定(EPA)合格率が極端に低いことを取り上げましたが、今年は11.3%というように報道されています。前に比べかなり高い率となりましたが、それでも日本人に比べるとずいぶん低いままです。グローバリゼーションという点からは、まだまだ課題の多いところでしょう。とはいえ、この狭き門を通った海外からの看護師さんが臨床現場での活躍で、さらにこの門が広くなればと思います。
さて、看護師の国家試験に関係したことで、看護職の早期離職問題があります。昨日は兵庫医科大学での会議でもこの話題が出ていました。各病院が看護師さん集めで苦労されているなかで、全国的な話ですが、せっかく来ていただいても1年で10%とか15%も辞めていかれるという現実があります。早期離職対策、ということが病院看護部の大きな役割になっています。看護師新卒者が数週間の見習い期間の後、病棟の臨床現場に入ってしまうことで、順応ができず、精神的にも負担になって、他に移っていく人が多いと言われていて、日本看護協会でも問題視しています。その結果、医師の初期臨床研修制度のように看護師臨床研修制度を、平成22年度から義務化ではなく努力義務ですが、一定期間取り入れるようになってきています。新人研修制度と言われ、各病院ではこれを真剣に考え、取り入れていることは大変良いことと思います。
このような努力もあて、離職率がずいぶん低い、あるいはゼロの病院もあるようです。大学病院では仕事自体もかなり厳しい所もあり、セロにはなかなか行きませんが、だんだん改善して来ればいいと思っています。なお、早期離職の原因を見ると、職場の人間関係、が大きいと言われています。現場で教える側も教わる側も、コミュニケーションが大事であると感じます。本学の卒業生がこの厳しい環境を、4年間で培った人間力、応用力、そしてコミュニケーション力で、乗り切って欲しいと思います。
国家試験合格の皆さんにお祝いとその活躍を期待してエールを送ります。
| ポーアイ便り | 12:59 | comments (x) | trackback (x) |
2012,03,23, Friday
年度末は各学部とも在学生の進級判定や4月からの入学者(新入生)の確保等、結構忙しい時期である。この春の卒業生は今や国家試験の発表待ちであり来週には公表されるが、看護、理学、作業とも100%合格を願っている。医師国家試験では兵庫医大は現役で100%、全体でも99%近くと全国でトップということで、こちらにもプレッシャーがかかる。今日は、国家試験受験資格を付与することで卒業となる我が国の医学部や薬学部、看護学部などでの課題について書かせてもらう。放談と思って読んでいただければありがたい。
コメディカルの分野での4年生および6年制大学を立ち上げて6年目になるが、途中での休学や退学となる学生数は少なくなく、その背景を見てきていろいろ考えさせられる。学生の適正や能力、努力、経済事情、疾病、などもあるが、教育形態(制度)自体にも課題が多いことが分かってきた。国から細かく決められた単位を全て取らないと、まずは卒業させられない。文科省と厚労省の厳しい管轄下にあって、大学の自由度はごく狭い範囲である。さらに、卒業しても、国試浪人が出てくる。そう考えると、国家試験予備校ではないと言いたいが、所詮、国家試験合格が大前提なのである。国家資格は要らないが、関連する単位を取って他の分野で生かすこともできるが、卒業要件は国試受験が大前提である。途中で方向変換をするには退学しないといけない。進路変更での退学も当然毎年何名かある。
卒業イコール国家試験受験資格、当たり前ではあるが、それ以外はない。指定規則で縛られたカリキュラムを履修させないといけない。講義や実習がぎっしり詰まっている。何も無理して全員卒業させなくても、将来の医療人として不適正なものは途中下車でどんどん絞っていったらどうか、という考えもあるが、それでは入学選抜をしているのであるから大学として責任が果たせなく、また学校経営も出来なくなるし、社会問題となる。保護者からは高い学費を負担しているのであるから、何としても卒業させて資格を取らせないと駄目ですよ、と叱られる。
毎年、新高卒者が将来の自分の働く場として医療を選び、国家資格を取得してその目標を達成したい、という志でもって入学してくる。しかし、学年が進むにつれ、自分の医療人となる適性や過密なカリキュラムや、体調不良などで単位取得ができなかったり遅れたりする。ここで、学力のことは置いておいて、適性のことを考えて見たい。学生は入学時に、看護やリハ学部では自分は看護師になりたい、理学療法士や作業療法士になりたい、とはっきり考えてくるものがほとんどである。しかし、なかには、コミュニケーションがうまく取れない、自分の意見がうまく言えない、勉強の仕方が分からない、医療のことを知るにつれて自分のイメージとは違う、などの学生が多くなってくる。そういう学生をどこまで引っ張るのかが大きな問題でもある。引っ張らないといけないし、それが本当にいいのか、卒業できず、あるいは卒業させても国家試験浪人を作ってもいいのか。
薬学部学生は、6年間の薬学教育についてあまり知らないままに入って来る。薬剤師になるならこの道しかない、6年制だから今までとは違う臨床に強い薬剤師になれる、医師と対等に働ける薬剤師になれる、あるは何となく薬剤師がよさそうだという位で入って来る。門戸は結構広いから、入学者のモチベーションはかなり温度差がある。我々の所の学生は、今度の新6回生を見ても、病院薬剤師希望が1/3もいることは、ある意味モチベーションの高さを示しているかもしれない。一方では低学年の学生はどうかというと心もとないところもある。薬学部でははっきり自分の将来像を描くには、高学年にならないと無理のようなところもあることが、我々に向けられた課題であろう。言い変えれば、6年間の長丁場での低学年を如何に学生に前向きにモチべーションを持たせるかの教育が大事であることを切実に考ないといけない。初年時教育が大事である。
日本では医学部も薬学部も、全国共通の共用試験という制度がある。4年から5年へ、臨床実習の出る前の学年で、CBTというコンピューターでの試験とOSCEEという臨床適性試験がある。これである程度のふるいは掛けられるが、問題はそれまでである。1回生ないし二回生の終わりの試験結果で適性や能力をみて進路相談をしてもいいが、それでは最初多くとって途中で選ぶ、となる。そもそも入学定員の厳守が国の方針であり、そんなことは出来ない相談である。あくまで学生の為であることを断っておくが、決められた定員のなかでそういう選択はしてはいけないのか、やらざるを得ないのか。いや、そんな難しく考えないでも、進級基準に合わなければそうなるのは学生も覚悟している、と言われるかもしれない。
今日の言いたいことを整理すると、どういう考えで進級させて行くか、卒業させるか、であり、このことはそもそも大学が単位制を取るか、学年制を取るかの問題でもある。前者は受け入れた限りは4年とか6年という中で育てて行こう、後者は進級できなければ同じ学年を全部やり直す、全部取るまで先には行けない、というものである。本学は折衷方式であるが、学部によって若干異なっていて、薬学部は学年制志向である。今抱えている問題は、個々の学生の大学教育への適性、専門職への適性、モチベーションの維持、などを教育でどう対応し、育て、進級させ、卒業させていくかの前向きな話と、反対の後ろ向きの話として、どういう教育ポリシーと客観的指標で適性のない学生に進路変更なりを考えさせるかである。後ろ向きと言っても、学生の意向や適性を最大限に汲み取っての話であり、切り捨てではなく、前向きななかでの最後の選択であるということで誤解のないように願いたい。後者のことでは、学年制採用が大事なポイントである。学年制を採用するかどうかは、開学時からの課題でもあったので、各学部の特性も考えて、改めて検討しなければと感じている。
中途半端な話であったが、年度末にいつも悩まされる問題であり、何かいい解決の道を探らないといけないと思っているので、感じていることを少し長くなったが、書かせていただいた。
コメディカルの分野での4年生および6年制大学を立ち上げて6年目になるが、途中での休学や退学となる学生数は少なくなく、その背景を見てきていろいろ考えさせられる。学生の適正や能力、努力、経済事情、疾病、などもあるが、教育形態(制度)自体にも課題が多いことが分かってきた。国から細かく決められた単位を全て取らないと、まずは卒業させられない。文科省と厚労省の厳しい管轄下にあって、大学の自由度はごく狭い範囲である。さらに、卒業しても、国試浪人が出てくる。そう考えると、国家試験予備校ではないと言いたいが、所詮、国家試験合格が大前提なのである。国家資格は要らないが、関連する単位を取って他の分野で生かすこともできるが、卒業要件は国試受験が大前提である。途中で方向変換をするには退学しないといけない。進路変更での退学も当然毎年何名かある。
卒業イコール国家試験受験資格、当たり前ではあるが、それ以外はない。指定規則で縛られたカリキュラムを履修させないといけない。講義や実習がぎっしり詰まっている。何も無理して全員卒業させなくても、将来の医療人として不適正なものは途中下車でどんどん絞っていったらどうか、という考えもあるが、それでは入学選抜をしているのであるから大学として責任が果たせなく、また学校経営も出来なくなるし、社会問題となる。保護者からは高い学費を負担しているのであるから、何としても卒業させて資格を取らせないと駄目ですよ、と叱られる。
毎年、新高卒者が将来の自分の働く場として医療を選び、国家資格を取得してその目標を達成したい、という志でもって入学してくる。しかし、学年が進むにつれ、自分の医療人となる適性や過密なカリキュラムや、体調不良などで単位取得ができなかったり遅れたりする。ここで、学力のことは置いておいて、適性のことを考えて見たい。学生は入学時に、看護やリハ学部では自分は看護師になりたい、理学療法士や作業療法士になりたい、とはっきり考えてくるものがほとんどである。しかし、なかには、コミュニケーションがうまく取れない、自分の意見がうまく言えない、勉強の仕方が分からない、医療のことを知るにつれて自分のイメージとは違う、などの学生が多くなってくる。そういう学生をどこまで引っ張るのかが大きな問題でもある。引っ張らないといけないし、それが本当にいいのか、卒業できず、あるいは卒業させても国家試験浪人を作ってもいいのか。
薬学部学生は、6年間の薬学教育についてあまり知らないままに入って来る。薬剤師になるならこの道しかない、6年制だから今までとは違う臨床に強い薬剤師になれる、医師と対等に働ける薬剤師になれる、あるは何となく薬剤師がよさそうだという位で入って来る。門戸は結構広いから、入学者のモチベーションはかなり温度差がある。我々の所の学生は、今度の新6回生を見ても、病院薬剤師希望が1/3もいることは、ある意味モチベーションの高さを示しているかもしれない。一方では低学年の学生はどうかというと心もとないところもある。薬学部でははっきり自分の将来像を描くには、高学年にならないと無理のようなところもあることが、我々に向けられた課題であろう。言い変えれば、6年間の長丁場での低学年を如何に学生に前向きにモチべーションを持たせるかの教育が大事であることを切実に考ないといけない。初年時教育が大事である。
日本では医学部も薬学部も、全国共通の共用試験という制度がある。4年から5年へ、臨床実習の出る前の学年で、CBTというコンピューターでの試験とOSCEEという臨床適性試験がある。これである程度のふるいは掛けられるが、問題はそれまでである。1回生ないし二回生の終わりの試験結果で適性や能力をみて進路相談をしてもいいが、それでは最初多くとって途中で選ぶ、となる。そもそも入学定員の厳守が国の方針であり、そんなことは出来ない相談である。あくまで学生の為であることを断っておくが、決められた定員のなかでそういう選択はしてはいけないのか、やらざるを得ないのか。いや、そんな難しく考えないでも、進級基準に合わなければそうなるのは学生も覚悟している、と言われるかもしれない。
今日の言いたいことを整理すると、どういう考えで進級させて行くか、卒業させるか、であり、このことはそもそも大学が単位制を取るか、学年制を取るかの問題でもある。前者は受け入れた限りは4年とか6年という中で育てて行こう、後者は進級できなければ同じ学年を全部やり直す、全部取るまで先には行けない、というものである。本学は折衷方式であるが、学部によって若干異なっていて、薬学部は学年制志向である。今抱えている問題は、個々の学生の大学教育への適性、専門職への適性、モチベーションの維持、などを教育でどう対応し、育て、進級させ、卒業させていくかの前向きな話と、反対の後ろ向きの話として、どういう教育ポリシーと客観的指標で適性のない学生に進路変更なりを考えさせるかである。後ろ向きと言っても、学生の意向や適性を最大限に汲み取っての話であり、切り捨てではなく、前向きななかでの最後の選択であるということで誤解のないように願いたい。後者のことでは、学年制採用が大事なポイントである。学年制を採用するかどうかは、開学時からの課題でもあったので、各学部の特性も考えて、改めて検討しなければと感じている。
中途半端な話であったが、年度末にいつも悩まされる問題であり、何かいい解決の道を探らないといけないと思っているので、感じていることを少し長くなったが、書かせていただいた。
| ポーアイ便り::その他 | 10:07 | comments (x) | trackback (x) |
TOP PAGE △
