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スタッフ ピックアップ
「理学療法の専門性を発揮する勇気」を持った本物
のプロフェッショナルを目指してほしい
いつ日本に来られたのですか?
1971年初めて日本に来ました。主に留学生として5年間過ごしました。それから1980年代、7年間大阪のリハビリテーション病院に勤め、1993年以来、大学の教職員として日本にいます。おおよそ26年間にわたり日本の生活を送っています。

 

日本に来られて、まず何を感じられましたか?
1971年嵐山
1971年嵐山
現在はアメリカと同様にアットホームな感じがしますが、当初の私にとっての日本は、やはり外国だなと感ずる事が多々ありました。一つには、初めて日本に来た時の私(23歳)は完璧に日本語を学ぼうとしたのですが、充分熟達できなかった事にあります。例えば日本人の方数名と食事をしながら世間話をするといった場合など、会話の内容がピントはずれになり、積極的に会話に参加できないときが多々ありました。そういった時に日本は私にとって外国だなぁとよく思ったものです。もう一つの理由として、私は1950~1960年代に育ったアメリカ人で、どうも私の価値観、ものの考え方など日本と違うようです。と言っても日本は大好きですよ。
長い滞在にもかかわらず、今でも日本語の不自由な部分が残っていますが!

 

日本の理学療法をどう思いますか?
1984年筋電図実験
1984年筋電図実験
日本の理学療法士の中でも、技術的に非常に優れているだけではなく、患者を第一に考え努力する人がいますし、日本の理学療法を発展させようと頑張っているすばらしい若者もいます。このような喜ばしいところもありますが、しかし気になるところもあります。どういうところかといえば、簡単に言い切れませんが、「理学療法の専門性を発揮する勇気」の問題と思っています。英語で表現しようとすれば、「to talk the talkとto walk the walk」になります。いくら話がうまいとしても、実際の行動はどうかという言い回しです。評論家的に自分の仕事や職業のすばらしさについて語って誇りを持つことは大変結構な事ですが、実際の行為を反省するのに、よい部分ばかりを取り上げて自己評価をするか、都合の悪い部分を含めて自己評価するのか、という違いです。そういう「勇気」を発揮する日本の医師や体育専門家とはよく出会うことはありますが、どうも日本の理学療法士は気の弱い人が多すぎる印象があります。患者のために全力を尽くしたかと質問したとき、つまらない言い訳が多すぎます。「チーム医療」のために和を図るべきとか、「みんなこうやっているから」仕方がないという諦めがあるように思えます。良い仕事をやり易い環境でするのは当たり前ですが、そういった環境ばかりではありません。仕方がないと諦めるのではなく、「理学療法の専門性を発揮する勇気」をもった本物のプロフェッショナルを目指してほしいと思っています。

 

理学療法士を目指す学生へのメッセージをお願いします。
専門科目の授業名を一覧しますと、理学療法の勉強範囲がわかるように見えますが、実際にはそれ以上の部分があります。専門授業科目の内容ではかなりの幅があり、いくらそれだけをこなそうとしても、キリがありません。それにもかかわらずさらに勉強しなければならないのが、実際の社会です。社会学よりも、日ごろの複雑性、矛盾などをもたらす社会そのものです。授業だけで十分学べない社会勉強を軽視しますと、本物の専門家になり得ません。この社会勉強に対して、各自が自分なりのやり方を見つけなければなりません。熟練している理学療法士とは、手技が良いというよりも、社会においてセンスがあり、患者の立場を把握し、仕事場の組織に貢献し、社会問題に対して積極的に取り組むことのできる人物です。そのようなプロフェッショナルを目指しながら、あらゆる授業科目を履修してもらいたいと思います。
P.D.アンドリュー教授
P.D.アンドリュー教授のプロフィール
  • 昭和44年 南カリフォルニア大学理学療法学科卒業
  • 昭和50年 龍谷大学大学院仏教学研究科修士課程修了
  • 昭和57年 アイオワ大学大学院博士課程修了
  • 理学療法関係の仕事を日米両国ともに携わり、教職員としての経験はジョージアステート大学、広島大学、茨城県立医療大学で18年間
  • 専門は身体運動学、生体力学、運動器疾患の理学療法
  • 趣味は旅行、ワイン、紅茶、読書